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千と千尋の神隠し テーマパークの死生観は、参道にある

千と千尋の世界観は、他のジブリ作品とは少し違う、奇妙な魅力に満ちています。

紅の豚や風立ちぬでは「空飛ぶ機械」。ナウシカやもののけ姫では「自然との共生」。ときにはハウルや魔女の宅急便のような「西洋の魔法文化」をジブリはテーマにしています。

その中で千と千尋では、日本昔ばなしのような親しみやすさを表に出しながら、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のようにテーマなきテーマパークの廃墟を舞台にしています。

しかしその世界の基盤となる世界観のハチャメチャ具合が、非常にまた日本らしいと感じます。

今回は、千と千尋の神隠しにおけるテーマパーク性生と死の境界参道と鉄道の意味するものについて考えてみたいと思います。



テーマパークの廃墟

千と千尋の舞台はテーマパークの廃墟です。かつての日本神道における聖域が明治以降にテーマパークとして遊ばれた後、バブル崩壊後に放棄され幽霊や神様が住み着いた、俗な風景のある神域が完成しました。


◆ 擬洋風建築
トンネルを抜けた先では、瓦のついたモルタルで改修された明治期の擬洋風な駅舎があります。擬洋風建築とは、西洋建築を学んでいない宮大工や左官職人らが見様見真似で作った和洋折衷された明治期の様式です。(旧開智学校)

旧開智学校
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◆ 看板建築
また小川を超えるとスパニッシュな看板建築で覆われた食堂街が広がっています。看板建築(False front)とは、アメリカ西部開拓時代に見られた張りぼての様式で、日本においても関東大震災で火災旋風が起こったため、復興時に木造の町家の前に金属板やタイルを貼って防火した商店などにみられました。(神保町通り)

看板建築
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◆ 増床・増築
さらに太鼓橋の先には、海に聳え立つコンクリートにボイラー室から煙突が伸び、道後温泉のような和風建築に、大阪軍艦アパートのように横に好き勝手に増築され、上にはゴシックな御殿が構えられています。

軍艦アパート
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道後温泉
油屋


痛いほど真っ青な空では、ごちゃ混ぜの風景が異様なものに感じられますが、日が落ち提灯の明かりで辺りが赤く染められると、神域としての説得力が確かなものとなります。


参道での観光と信仰

油屋へ至るまでのこれらの道のりは、宮崎駿が描いた現代的な参道にあたるものでしょう。明治から平成にかけて参道は様相が変化してきました。

◆ 伊勢神宮 おはらい町
かつて参道は神社仏閣へ向かうための通り道でしたが、日帰りバスツアーが普及すると参道を通らずともお詣りができるようになりました。神社本庁の本宗である伊勢神宮の参道では、賑わいや清らかさは減っていき、電線が張り巡らされ俗な風景が広がりました。

伊勢参道

現在のおはらい町は無電柱化が進み、伊勢市のガイドラインに従っていることで、和風でギザギザした妻入りの看板建築が連なっています。

伊勢市ガイドライン


千と千尋も同様に温泉施設を中心とした観光地として、電線を通して電球の明かりで栄えていたことが分かります。

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このような観光地と信仰地が混ざり合った景色は、廃墟として今現在でも見ることができます。

◆ 摩耶観光ホテル

兵庫の摩耶観光ホテルは1930年から1990年まで使われ、「廃墟の女王」「軍艦ホテル」と廃墟ファンからは呼ばれています。神戸の街を見下ろす摩耶山の上に聳えており、スタイリッシュでエレガントなアールデコ様式のモダニズム建築になっています。ロープウェイの駅からすぐ入ることができ、周辺にも娯楽施設の遺跡を見ることができます。

さらに摩耶山は貴重な原生林が残っており、646年から天上寺など神社仏閣が存在して信仰されていました。

現代的な観光地と歴史的な信仰の地が同じ摩耶の遺跡として並ぶ特異な場所であり、下手に観光地化された聖地巡礼よりよほどリアルな千と千尋の世界観を感じられる場所です。

「摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォーク」も月イチで行われているので、関西に行かれる方はぜひ参加することをオススメします。



銀河鉄道の夜

千と千尋の世界における参道としてさらに重要なのは海原電鉄です。

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◆ 参道鉄道
伊勢神宮までの参道が国道23号だけでなく、1890年頃には参道鉄道や路面電車が走りました。歩いて何日もかけて向かうというお伊勢参りは、徐々に電車に揺られて向かうものへと変容していきました。それと同様に千と千尋の交通手段も現代的な電車へ変わったようです。

伊勢参宮と鉄道


◆ 銀河鉄道
岩手の文豪、宮沢賢治は1920年ごろ「銀河鉄道の夜」を書きました。これは川に溺れた友人と共に天の川を駆ける銀河鉄道に乗り、友人が死の世界へ旅立つのを見送るストーリーです。

死と生の境界を渡る銀河鉄道は、宮沢賢治の宇宙や鉱石などへの博学さを結集し、地元岩手の風景や、タイタニック沈没の衝撃などが折り混ぜられています。

宮崎駿は様々なスケールが重なり合った美しい銀河鉄道を入れたくて千と千尋に海原電鉄を登場させました。しかし肝心の街の明かりが相転移して、銀河へ浮かぶ車窓になるシーンは最終的に断念しました。


飛行機の墓場
千と千尋では、銀河鉄道の夜の美しい死の淵を描けませんでした。ですが1992年公開の「紅の豚」でその片鱗を少しだけ見ることができます。

雲の平原で、死んだ飛行機乗りたちが列をなして旅立つシーン。この元ネタは1946年のルアルト・ダールの短編集「飛行士たちの話(Over to You: 10 Stories of Flyers And Flying)」にある「彼らに歳を取らせまい(Roald Dahl)」です。

雲の雨粒のごとく飛行機が群れをなして永遠と空を飛べる、飛行機乗りにとって天国のような景色を眺めています。客観的に眺めているという点で銀河鉄道の夜とは違いはありますが、象徴としているものには類似点が多くあります。

雲の平原


また更に2013年公開の「風立ちぬ」でも飛行機の墓場を引用しています。幾度となく見る夢の中で、設計したゼロ戦などの戦闘機が、船の墓場で無数の渡り鳥となって飛び立っていくのを見送ります。


ホグワーツ特急とディズニーリゾートライン

電車は世界中のエンタメで異世界への境界として、効果的に使われています。千と千尋がストーリー構成のモデルとしているハリーポッターの世界では、人間界と魔法界の境界にホグワーツ特急という電車を使っており、魔法使い以外は侵入できないようになっています。

さらにテーマパークとしても東京ディズニーランドやディズニーシーへ行き来するためにはディズニーリゾートラインを使います。この国と夢の国との移動手段としてテーマパークは上手く参道を配置しています。

ユニバーサル・オーランド・リゾートでは、アトラクションとして「Hogwarts™ Express」が使われており、参道を通ること自体が目的化しました。


テーマパークでは入り組んだ参道をライドや映像演出による自動化をして来場者を運ぶことで、かつての伊勢神宮での御師(おんし)のような参拝者の世話をするキャストを削減することに成功しました。


輪廻と解脱

◆ 環状線解釈
二つの世界を渡ることのできる銀河鉄道でしたが、実は環状線なのではないかというのが私の考えです。

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銀河鉄道は天の川を走り北十字駅から南十字駅を結んでいます。しかし天の川とは、3次元空間に広がる円盤型の渦巻構造をとった天の川銀河が、空に広がる球面へと転写された景色です。そのため本来の銀河鉄道は、円盤状を惑星のごとく周回するはずです。


この考えにはもう一つ根拠があります。宮崎駿が銀河鉄道の夜を解釈して描いた千と千尋では、最初に入ったトンネルが行きと帰りでどうやら違う道らしいのです。

トンネルを通過する時、行きと帰りの描写では左右対称に映像を撮るのが基本ですが、千と千尋ではあえて同じ向きの同じ絵を使っています。これは参道が円周してもとの向きに帰ってきているということです。

行き
帰り

さらに行きと帰りでトンネルが変化しています。油屋テーマパークは閉園し、お見送りグリーティングをされました。そのとき帰りの駅舎では造りが変わっていますし、出口もよく見ると違う場所から出ていました。それは文化祭のお化け屋敷の出入り口が同じ形の扉だけど、教室前後の場所と装飾が少しだけ違っているというものに近いです。

入口
出口


それでは銀河鉄道・環状線になると何が変わってくるのでしょうか。

銀河鉄道の夜ではキリスト教の聖書の教えを守り、「ハレルヤ」と唱える信者たちは天国への直線的な電車旅をおくり消えていきました。

しかし環状線解釈を取ると時間軸は円環し、また転生して帰ってくる仏教的な輪廻転生の教えともとることができます。


◆ 輪廻転生
転生とは、川を下って海へ流れた後も、雲となり雨となり、また川上へと帰ってくるような循環の節それぞれのことです。転生を考えることは生物の種として子孫への思いやりであり、地球としてのサステナブルへの配慮にもなります。

しかし輪廻はもう少し惨い概念です。それが描かれたのが高畑勲監督で公開されたジブリ作品「火垂るの墓」です。

火垂るの墓は、戦時中に裕福な家庭に暮らしてたはずの兄妹が両親を亡くして孤児となり、周りの助けを拒否して共依存関係に陥ることで死んでしまう話です。

物語は霊としてこの世を彷徨う2人の回想として進み、電車に乗って空襲に合う街の景色を見ながら何度も何度も反芻し、輪廻の呪縛から解かれることのない絶望の表情で幕を閉じます。

火垂るの墓


仏教の教えでは輪廻とはこういうものだということで話を終わらさずに、より高次元から俯瞰する解脱の教えが存在します。解脱することで仏となり輪廻の呪縛から解かれ、業繋の因果観、死生観に囚われない救いを示しています。

円形の曲線を微分してミクロな視点で救いを求めるのがキリスト教であり、積分してマクロに乗り越えようとするのが仏教ともいえます。

キリスト教や仏教、さらには神道やテーマパークなどが包摂された、宗教性の超克こそが銀河鉄道の夜や、千と千尋の神隠しの魅力です。


万博は聖域となり得るか

火垂るの墓が輪廻に囚われた絶望の物語でしかないのかというと、実はそうとも思っていません。

なぜかというと、テーマパークに足繁く通っていた中高生の頃のことを思い出すからです。解脱した、つまり年間パスポートの切れた現在、あの学校終わりに電車で通い詰めたあの体験は何だったのか考え、今回の記事になりました。

千尋が最後に神隠しの記憶をなくし、失われた因果も、きっと彼女を少しだけ大人にしてくれたはずです。

だから私は、東京オリンピックの観戦に行けることなら行きたかったし、開催が中止されたロッキン(ROCK IN JAPAN)を悲しく思うし、今日から開催されるW-KEYAKI FESもできれば富士急行線に乗って現地で観たかったです。


さて、大阪万博ーEXPO2025が次なる私の目標です。

◆ 大阪万博からディズニーランドへ
1970年の大阪万博は「人類の進歩と調和」であり、ラピュタのような技術的側面が重要視され、日本の芸術家や建築家も張り切り、壮大なパビリオンが多く建てられました。ここで集結した技術力を駆使して1983年には東京ディズニーランドがオープンします。


◆ 愛・地球博からジブリパークへ
2005年の愛知万博は「自然の叡智」であり、ナウシカのような自然の尊さを訴えるようになり、モリゾーとキッコロなどトトロのようなキャラクターが出迎えてくれました。愛・地球博記念公園は2022年にジブリパークとなって再び開園する予定です。


◆ 次なる大阪万博
2025年の大阪万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」です。バーチャルとフィジカルが同時並行され、世界中多様な絡み合いで未来社会への実験を行います。会場は離散構造をとっており、その中に円環した参道を設けています。

ここまでの話から分かるように、千と千尋の神隠しのような期待感をこの参道には感じています。


同時接続された世界において、バーチャル体験が異世界へ向かう参道たりうるのか。それとも全てが俗化、平坦化、ゲーム化された体験になってしまうのか。


万博がいのちを輝かせる象徴になるには、単なる空間演出やVRのような異世界体験ではなく、輪廻をかける参道で、それぞれの参拝者たちが思いを巡らせることが大切です。

そうした反芻を繰り返すことで、輪廻を解脱した時には、ひとつのいのちに囚われない輝かしい、神々の宿る地が、大阪・夢洲に聳えることとなるでしょう。

そこでハクや、カオナシが待ってくれているかもしれませんね。


よむよむ。

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