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読書感想 『陰謀論 ― 民主主義を揺るがすメカニズム』  「重要度が増している論考」

「信じるか、信じないかは、あなた次第です」

 そんな決めゼリフのある「都市伝説」のバラエティは、割とよく見ていて、どちらかといえば、その内容については、「信じない」方なのだけど、ずっと「本当に信じる人」に興味があった。

 それは、いろいろなことに対して、懐疑的、といえば、格好はいいけれど、どちらかといえば、信じる力、のようなものが足りないからではないか、という自分自身への微妙な劣等感があったので、今で言えば、何かを圧倒的に好きになっている…「推し」を持っている人に対して、どこかうらやましさもあったからだ。

 そうした「都市伝説」のバラエティは、ここ数年で、少しニュアンスが違ってきているというよりは、放送しにくくなっているのではないかと思えるのは、特に「コロナ禍」以降、「陰謀論」という言葉の持つ意味合いが、かなり重くなったせいではないだろうか。

 ただ、その「陰謀論」という言葉自体も、下手をすれば、ただのレッテル張りにもなってしまうし、「デマ」は、人類の古い課題として、長く考えられてきたはずなのに、そして情報というものの量も、その流通も、21世紀に入って、これだけ圧倒的に増大したはずなのに、今も人類が、これだけ「陰謀論」に弱いままなのは、どうしてなのだろうと感じることも多くなった。

 それは、おそらく幸せな時代ではないせいだろう、と思う。

『陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム』 秦正樹

 できたら、より若い専門家の本を読みたいと考えたのは、現在の「陰謀論」は、SNSがこれだけ盛んになって以降、少し質が変わってきているように思ったからだ。そのことを、体感として「理解」していた方が、その分析も明快になるのではないだろうか、と勝手ながら考えていた。

1988年広島県生まれ. 京都府立大学公共政策学部公共政策学科准教授.

 著者のプロフィールには、こうあるので、現在30代半ば。そして、「公共政策学科」の専門性については、正直、よく分からないものの、現在の「陰謀論」の深刻さは、実際に政治にまで影響を与えることも事実なので、こういう人の書いた「陰謀論」なら、読みたいと思った。

 しかも、読んでから知ったのだけれども、筆者の過去も、「陰謀論」を書くには、より適しているように感じた。

筆者は学部時代に、いわゆる「ネトウヨ」だったからである。

 こうしたことを、いわゆる「研究者」である人間が書くこと自体が、それが事実であったとしても、形として広く残すことは勇気があると思うし、だからこそ、「陰謀論」について考える深度が、より深くなる可能性があると思えた。

コロナワクチン

 個人的に、少しショックだったのは、コロナ禍以降、私よりも「常識」があって、社会に適応していると思える人たちから、ふと日常が違って見えるような言葉を聞く機会があったことだった。

 コロナ禍になった頃、「27度のお湯を飲めば、ウイルスの侵入を防げる」といったことを医師から聞いた、といった話を、善意で伝えてもらったことがあった。体温を考えたら、そんなことはありえないとすぐにわかるのに、医師というワードが、その言葉に力を与えていたのかもしれない。

 それよりも、さらに強めの言葉は、コロナワクチン接種の頃から、最初は、ただインターネット上だけで見ていたのだけど、実際に、知っている人から、実際の話し言葉として、さらに、そこに心配や善意も込めて伝えられたのは、やはり、薄い怖さまであった。

アメリカでは、新型コロナウイルスに対するワクチン接種がはじまってすぐより、「コロナワクチンには、実はマイクロチップが埋められている」とか「コロナウイルスを接種したら、磁石が体にくっつくようになった」などといった陰謀論が、フェイスブック(Facebook)やティックトック(TikTok)などのソーシャルメディアを通じて急速に広まった。

(「陰謀論」より)

 確か、5Gに対応しているマイクロチップといったことも聞いた記憶もあり、そんなことをするために、どれだけの予算がかかるのか。もしくは、そんなとんでもない技術があったら、もっと情報環境が変わっているのではないか。どうして、そこまで信じられるのだろうか、といった疑問も頭に浮かんだが、そうした、こちらの考えを伝えられる気配もなかったと思う。

大富豪のひとりでもあるビル・ゲイツが、「COVID-19対策として進められているワクチンにマイクロチップに埋め込んで、人々の行動を捕捉しようとしている」というアメリカの一部で広まっている陰謀論(以下では、この説を「マイクロチップ陰謀論」と呼ぶ)を信じるかについて尋ねたところ、共和党員の44%もの人が「その説は正しい」と回答しているのである。 

(「陰謀論」より)

 アメリカからの「情報」らしく、同時に、もし、スティーブ・ジョブズが存命であったら、こうした「陰謀論」の主役にはならなそうだから、ビル・ゲイツは、どこか気の毒な気持ちもしたのだけど、すでに共和党員の半分近くが信じているとなれば、私のような、特別な情報を持たない人間が、その内容を否定したところで、例えば、これを今読んでいる「マイクロチップ陰謀論」(信じている人は、陰謀論とは言わないけれど)者は、私に対して「情弱の愚かな人間」と思うことだろう。

 ただ、こうした「陰謀論」を、例えば医師のような人が伝えようとしているのは、インターネット上で見たことがあって、それは、倫理的にも問題があるのではと思ったが、ワクチンの歴史の中でも、ワクチン否定論者は一定数いたわけだし、コロナワクチン接種によって実は命が助かった人が、どれだけ多くいたとしても、その数字を正確に算出することが難しい以上、その「陰謀論」(と伝えることは出来ないとしても)は間違っているのではないか、と説得することは不可能だと思えた。

 ワクチンは、多くの人が接種するほど、感染数も、重症化も、確率が減るのだから、高齢者や持病を持つ人間が身近である私にとっては、可能であれば一人でも多く接種した方が、人類全体では、命が助かるという意味ではプラスだと、今でも思っているけれど、こうした言葉も届かないという無力感はある。

 一般的に言えば、「多くの人がワクチンを接種している」のは、「新型コロナウイルス感染症の発症および重症化を予防する」ためであって、それ以上でもそれ以下でもないだろう。しかし、マイクロチップ陰謀論を信じる人たちにとっての原因は、「ビル・ゲイツ(をとりまく集団)による、人々の行動把握のため」となる。もう少し突っ込んで言えば、陰謀論を信じる人たちにとって、「新型コロナウイルスの感染拡大を防止する」といった一般的な原因は、陰謀を企む強い力を持つ特定集団による「体の良い言い訳」に過ぎないとみなされることになる。 

(「陰謀論」より)

知識のある人たち

 こうした「陰謀論」と言われているような情報を信じる人たちは、どうやら、情報に強い、もしくは、教養や知識がある、と自認しているようだった。

 環境に恵まれたり、本人の素質があったり、努力もあって、「知識のある人たち」の方が、「陰謀論」に取り込まれやすいとしたら、さらに、「情報に弱い」人間としては、余計に不安が大きくなる。

 ただ、その印象は、ただの感覚ではないことが実験によって、明らかにされているようだった。

むしろ、政治的洗練性の高い人のほうが、陰謀論を信じやすい可能性が示唆されてきたのである。  

COVID-19の発生源に関して、武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説といった、未だ明確にされていない不確かな内容を信じる傾向にあるのは、政治的知識が中程度以上の人々に限定される。

以上2つの実験結果を総合すると、政治的関心が高く、政治的な知識の高い人のほうが、「それらしい」陰謀論を受容しやすい傾向にあると結論付けられよう。

(「陰謀論」より)

 どんな時でも、なんとなくの安心材料として、「より知ることは、より分かることにつながる」と思ってきた。だけど、そうでないことが分かったとしても、意識的に、全くの無知になることは難しいし、それも弊害が大きそうだ。

 どうすればいいのだろう。

どんな人が、「陰謀論」を信じるのか

「陰謀論」も影響して、アメリカでは議会に突入して死者が出るような事件が起こってしまうのだから、もしかしたら、以前よりも「陰謀論」を見分ける、といったことは重要になってきているのだと思う。

 だからこそ、「陰謀論を信じる人」というのは、どこか遠いことのように思いたいし、さらには、自分自身ではないと強く思い込みたい気持ちになりやすい。

 だが、実証的な研究によって、それは「希望的観測」に過ぎないことも明らかになっていく。

「この日本で陰謀論なんて信じているのは、ごくごく一部の特殊な人だ」とは簡単に言い切れないことがわかるだろう。いやそれどころか、日本人の3〜5人に1人が陰謀論的信念を有しているとするならば、誰しも身近な知り合い(あるいは自分自身)が陰謀論を受け入れる心理的素地を持っていると考えるほうが適切であろう。

 まずは、孤独感が、「陰謀論」に近づかせる。

自身が信じる「あるべき現実」を他の多くの人と共有できない(認めてくれない)状況下では、陰謀論的思考がますます深まっていく可能性がある。理解者がいない状況は孤独を生み出し、孤独感はやがて、多くの人は「真実」をわかっていないという考えにつながる。それと同時に、「真実」を知っている自分は、自分を評価しない他者よりも優れているという自己評価が進み、さらにその思考を深めていくことになる。実際に、海外の研究では、ナルシシズム(自己の評価を誇張したがる傾向)が高い人や、社会的に疎外されていると感じる人ほど陰謀論を信じやすい傾向にあることが報告されている。

 さらに、現実が不安定なとき、例えば、「コロナ禍」のような時は、「陰謀論」を信じやすくなるようだ。

 心理学者のブルージエンらは、人々がある状況をコントロールしたり全体像を把握したりできないときに覚える脅威感覚(Threats to control)が、陰謀論を信じてしまう重要な契機となることを明らかにしている。 

 そういった実証の積み重ねは、誰が信じやすいか?という議論の立て方が、実は間違っているのでは、という指摘につながる。

 こうした日本人における陰謀論受容のメカニズムを考えると、一律的に陰謀論に引っかかりやすい人など実は存在せず、(筆者も含めて)あらゆる人がいつ陰謀論に引っかかってもおかしくないと考えるほうが適切であるように思える。
 そして、より重要なポイントは、「誰が信じるか」よりも、「自分の正しさを支えてくれるから信じる」という陰謀論受容のメカニズムにあると考えている。

(「陰謀論」より)

「あなたは正しい」という肯定が、どれだけ逃れ難いほどの魅力があるか。を想像すれば、陰謀論から逃れることの難しさを改めて感じ、今も、知らないうちに取り込まれている可能性を振り返ってしまうことになりそうだ。

どうすれば、「陰謀論」から身を守れるのか

陰謀論は、単にその人の評判を低下させるだけでなく、友人や家族といった身近な人々との関係をも奪ってしまう可能性のある、実に厄介な存在なのである。

 だからこそ、「陰謀論」から身を守りたいところだし、そのことについては、多くの議論も、提案もされてきた。

これまでの議論を振り返ってもわかるように、「陰謀論から逃れる術」を一言で言い表すことは非常に難しい。事実、これまで研究者や実務家などから提示されてきた解決策は、ほとんど抽象的な提言に留まっているようにも思われる。それだけ、陰謀論と個々人の信念とは容易に結びつきやすい。

 では、どうすればいいのだろうか。

そこで提案したいのは、うわさ話を見聞きした際に、「それは自分が考えていたことと同じことを言っている」と思ったら要注意だと、常に意識しておくことだ。さらに言えば、そのようなうわさ話が耳に入ったとき、それは「たまたま耳に入った」のではなく、知らずしらずのうちに、あなたのほうが自ら接触しに行っている可能性がある。こうしたことを自覚しておくことが、ひいては陰謀論から身を守ることになるだろう。 

(「陰謀論」より)

 ほんの一瞬でも立ち止まることを積み重ねる。そんな、とても地味な方法を継続するしかないのかもしれない。もしくは、あいまいなことにとどまれる「ネガティブ・ケイパブリティ」を、少しでも身につけることも有効かもしれない。

人間が好奇心を持つ限り、どれだけ啓蒙が行われようとも、陰謀論がこの世から消滅することもないだろう。(中略)「なぜこの現象が起きたのか」を追究したくなる欲求は、ヒトのプログラムの一部である。それゆえに、わからないことをわからないまま放置することをヒトは実に気持ち悪く感じてしまう。そう考えると、陰謀論は、まさに人々の好奇心を餌にますます成長していく「生き物」のようでもある。 

(「陰謀論」より)


 自分自身も含めて、誰もが「陰謀論」に取り込まれる可能性があること。
 人間が、知的好奇心を持つ限り、「陰謀論」の消滅はあり得ないこと。

 まず、そうした「陰謀論」に関する困難さを、理解することから始めるしかないと、覚悟するべきなのだろう。


 そんな先行きのなさに備えるためにも、自分や家族や身近な人の将来の危険性を低くするためにも、必読の一冊だと思います。


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(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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