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読書感想 『信仰』 村田沙耶香  「受容と排除の凄さと怖さ」

 それまで知らなかったのに、芥川賞を受賞したことで注目をされたことで、恥ずかしながら初めて知って、「コンビニ人間」を読んで、すごい作家だと思った。人は理解される方が奇跡的ではないか、といったことを、感じた気がした。


 その人が「信仰」というタイトルで小説を出したことだけで、読みたいと思えた。とはいっても、それほど熱心でなく申し訳ないのだけど、図書館で予約をした。手元に届くまでに5ヶ月がかかった。



(※ここから先は、小説の内容にも触れます。未読の方で、何の情報もなく読みたいという方は、注意してくだされば、ありがたく思います)。





『信仰』 村田沙耶香

 最初に情報を知らないままだったのだけど、短編集だった。ただの無知なのだけど、「信仰」という作品で一冊かと思っていた。

 『信仰』という人の内面のことと深く関係あるというか、魂の問題についての作品だったが、主人公は、現実的で、冷静で、だから、損をしないように生きてきた。

「え、化粧水が1万円?嘘でしょ?ほらここ、成分見てみなよ。私がマツキヨで買った四百円のやつと、成分ほとんど同じでしょ?」
 私は友達を幸せにしたくて言っているのに、皆、私の指摘に表情を曇らせた。皆、目に見えないきらきらしたものにお金を払うのが大好きだった。私がそれはぼったくりだといくら言っても、皆、絶対に、目に見えない幻想にお金を使うのをやめないのだった。
「ミキといると、なんか冷める」
 大学のとき、友達が吐き捨てるように言ったのをよく覚えている。

(『信仰』より)

 ただ、そんな自分に、どこか違和感があったことに、昔からの知り合いでもある、お金儲けを狙った男性と、過去にマルチ商法に騙された女性が現れ、いつの間にか、カルトを立ち上げる話になってから、唐突に気がつかされていく。

 形だけやってみたくて、同級生に合わせて鼻の穴のホワイトニングまでやってみたけど、だめなの。騙されないの。騙される才能がないの。斉川さんなら私のこと騙せるかもしれないって、そう思ったの」
「なんでそう思うの?」
 斉川さんはまっすぐ私をみて尋ねた。
「斉川さんは、だれよりも『信仰』している人だから……」

(『信仰」より)

 この斉川さんのあり方の描写が、ここからも怖く感じていくのは、この人は、信じることに理由がないせいかもしれない。

 私こそが「目覚める」べきなのではないか。斉川さんなら私をみんなの世界へ「連れて行って」くれるのではないか。
 斉川さんは私の言葉に一瞬、微笑んだ。そして全身の筋肉も皮膚も全く動かさず、唇だけを静かに振動させて「はい」と、何かに誓うようにささやいた。
「私は……このカルトを、本物にしたいの」
 やっぱり、と全身が震え、私の心に喜びが広がった。

(『信仰』より)

 ここから先には、宗教の誕生の瞬間と思える場面も描かれて、それは、怖くもあるのだけど、できたら、もっと先まで、たとえば、信者を増やしていったり、といった場面まで読みたかったなどと思ったのだけど、それは読者の勝手な欲望のようなものかもしれず、ここまでの場面の積み重ねだけでも、人が信じることの凄さと怖さのようなものがあった、と思う。

一つだけのエッセイ

 短編小説が並んでいるのだけど、この書籍は、一つだけエッセイと思われる「気持ちよさという罪」という作品があった。

子供の頃、大人が「個性」という言葉を安易に使うのが大嫌いだった。 

当時の私は、「個性」とは、「大人たちにとって気持ちがいい、想像がつく範囲の、ちょうどいい、素敵な特徴を見せてください!」という意味なのだな、と思った。

 こうした書き出しで始まるのだけど、長い年月、排除におびえ無理にでも適応してこようとしてきた著者が、大人になってから、それも、そこから年月を重ねてから、やっと、受容の気持ちよさが訪れる時期があった。

 私はそこで、初めて、異物のまま、お互い異物として、誰かと言葉を交わしたり、愛情を伝え合ったりするようになった。それがどれだけうれしいことだったか、原稿用紙が何枚あっても説明することができない。今まで殺していた自分の一部分を、「狂っていて、本当に愛おしい、大好き」と言ってくれる人が、自分の人生に突如、何人も現れたことが、どれほどの救いだったか。夜寝る前に、幸福感で泣くことすらあった。平凡にならなくてはと、自分の変わった精神世界をナイフで切り落とそうとしながら生きてきた私は、本当はその不思議で奇妙な部分を嫌いではなく大切に思っていたのだとやっと理解できたのだった。同じように、誰かの奇妙な部分を好きだと、素直に伝えられるようになった。

(『気持ちよさという罪』より)

 それは、著者が、生き抜いてきたことで、初めて手にした成果でもあるはずで、そこに浸るのも自然かと思えるのに、そのことと同時に、すでにわかりにくい排除が始まっていて、そのことによって、自分だけの問題ではなくなっていく。

 そこからの話は、そんなに自身を責めなくても、といった思いにも、読者としてはなるけれど、できたら、この引用した部分だけではなく、この「気持ちよさという罪」の全文を読んでもらえたら、と思っている。

 そうして初めて、「多様性」について書かれた、このエッセイの切実さと重要性は伝わると思えるし、この短編集に、一つだけこのエッセイが入っている必然性のようなものも、納得できるのではないだろうか。

おすすめしたい人

 自分が、今の世の中を生きているときに、生きづらさを抱えながら、それでもなんとか適応の努力を重ねながらも、やっぱり辛くて、だけど、そのことを人に伝えにくい人。

 そんな勝手なくくり方は、失礼かもしれませんが、そうした方に読んでもらえたら、孤立感が少しでも減るような気がしました。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。






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