三月のパンタシア

終わりと始まりの物語を空想する"ボーカリスト「みあ」による音楽ユニット"「みあ」書き下…

三月のパンタシア

終わりと始まりの物語を空想する"ボーカリスト「みあ」による音楽ユニット"「みあ」書き下ろしの小説を掲載! ◆三月のパンタシア 「SUMMER LIVE 2024(仮)」開催決定! https://www.phantasia.jp/live/

最近の記事

小説『君のことを知りたい』

「え、ちょうど今日うどん食べたいなって思ってたんだ」  思わず笑みがこぼれる。すると照れくさそうな顔でこちらを見上げる愛ちゃんが、 「えへへ。最近レポート提出の連続で忙しそうだったから、夕飯は胃に優しいものがいいかなと思って」  そう幼さの残る表情ではにかんだ。嬉しさと愛おしさが湧き水のようにとばとばと溢れ返り、俺は彼女をぎゅっと抱き寄せた。 「愛ちゃん、どうして俺の考えてることが分かっちゃうの?」  そう恋人どうしの甘やかな口調で聞いてみる。愛ちゃんは、同じ大学で

    • 小説『ファインダー越しに見つめる世界』

      第一章「(500)日のサマー」 お姉ちゃん、と声がした気がして、イヤホンを片耳外す。 「お風呂上がったよー」  という妹の由佳の声が頭上からふってきて、ん、と頷きながら私はパソコンの停止ボタンを押した。 「うわ、またその映画観てたの?」 「うわ、とはなによ。なんか定期的に観たくなるんだよね」 「あたしも一回観たけどさ、主人公の男の恋愛思想がキモすぎて無理」  そう由佳がわざとらしく顔を歪めるから笑ってしまう。『(500)日のサマー』という映画が昔から気に入ってい

      • 小説 『真冬の薄明に手を伸ばして』

        第一章「水色のまどろみ」 冬の乾いた光が机に降り注ぐ。窓際の席は否が応でもこのうっとおしい日差しがまとわりついてくるのが煩わしい。昼休み、私は目を細めながらスマホの画面を見下ろし、埃を払うような適当さで指を滑らせて、SNSのタイムラインをぼんやり眺める。音楽、ゲーム、美容、ゴシップ、あらゆる情報が私の網膜を通過していくが、そのほとんどはいつの間にか脳のどこかで消えていく。しばらく眺めてみるも、小さくため息を吐き画面を閉じた。どうでもいいノイズで頭の中を濁し、思考が曖昧になる

        • 小説『あこがれ』

           休み時間、隣のクラスを通りがかるとみさきの姿が目についた。2年生になっても、彼女は相変わらず机に映画雑誌を広げて黙々と読み耽り、ひとりの世界に没入している。  双子の姉であるみさきは、大の映画オタクだ。中学生のときに観たある外国映画の、独創的で密度の高い世界観にとにかく魅了されてしまったらしく、それ以来底なし沼にはまったようにどんどんのめり込んでいった。  だからみさきに映画の話題をふるには覚悟が必要、なぜならお気に入りの作品の爆語りはお手のもので相手の興味や時間なんて

        小説『君のことを知りたい』

          小説『低気圧のせいだ』

          小説「低気圧のせいだ」 三月のパンタシア「パステレイン」関連小説  君の魅力。  黒目がちな大きい瞳。  意志の強そうな凛とした眉。  ペンで一筆書きしたみたいにすっと通った鼻筋。  その端正なパーツをくしゃっとさせた笑い顔は、とても最高。  そのうえ、気さくで親しみやすい性格まで持ち合わせているから、大学のクラスにおいても、サークル内でも、君の周囲はあっという間に人であふれた。  君は持ち前の社交性で、男女問わず等しく接し、等しく微笑みを向ける。   その微笑みはいつもき

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          小説『低気圧のせいだ』

          小説『水色の君』

          小説「水色の君」 三月のパンタシア「透明色」原案小説  昼下がりの喫茶店で、アイスコーヒーの濃い色をひと口含んだ。  さっきシロップをひとつ注いだものの、ずくんと苦い。  白いストローから口を離すと、真っ黒な液体がするするとストローを下りグラスに戻っていく。私はコーヒーの苦みが表情にまで滲まないよう、意識して眉と眉の間をゆるめていた。  テーブルの向かいに座る君は、ソーダ水をストローでくるくるかき混ぜている。  ここの喫茶店のいちおしメニューであるソーダ水は、透んだシロップ

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          小説『水色の君』

          小説『春が過ぎ、夏が来るまでの憂』

          小説「春が過ぎ、夏が来るまでの憂」 三月のパンタシア「青い雨は降りやまない」原案小説 春が過ぎたら、空は灰色。  六月の雨雲からまっすぐ落ちてくる大粒が、頭上のビニール傘を激しく叩く。  今朝、大学に着いた途端に降り出した雨は、帰路をたどる頃には大雨に変わっていた。  朝のうちにビニ傘買っといてよかったな、と思いながら私は水たまりを踏まないように早足で歩いた。  それにしても、足元がじめじめと冷たい。  もうこれ以上濡らせないというほど、私の赤いスニーカーはずっしりと水を含

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          小説『春が過ぎ、夏が来るまでの憂』

          小説『情緒10/10』

          小説「情緒10/10」 三月のパンタシア「不揃いな脈拍」原案小説  “幸せ”という気持ちから、“不安”という感情が生まれるのだとしたら。  それらを分母と分子にした時、人はどんな数字で表されるのだろう。  あたしはきっと、ほぼ10/10。  途方もない“幸せ”と、底なしの“不安”がいつだって共存している。  好き。だから苦しい。

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          小説『情緒10/10』

          小説『真夜中の水底』

          小説「真夜中の水底」 三月のパンタシア「ミッドナイトブルー」原案小説 真夜中の部屋の隅、ベッドの上のひっそりとした静寂。  私は眠る時、全て灯りを消すから部屋は真っ暗だ。  しばらく真っ暗闇に埋もれていたけど、もう何度もまぶたを閉じては開けてを繰り返しているから、目はすっかり慣れて天井の白もはっきり見える。  眠れない。  寝返りを打ち、ベッド横に置かれているボストンバッグをぼうっと見下ろした。  明日からサークルの新歓合宿だ。去年と同様、集合時間も朝早いのだからさっさと眠

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          小説『真夜中の水底』

          小説『コーヒーと祈り』

          小説「コーヒーと祈り」 三月のパンタシア「たべてあげる」原案小説    彼と一緒に暮らすようになって、もうすぐ2年が経とうとしている。  朝はきまって手回しのミルで豆を挽く。私たちはコーヒーを愛している。  濃い風味を出すためしっかりとハンドルを回し、細挽きにする。ガリガリガリと小気味のいい音が鳴るのを聞きながら、根気強く回す。  やがてコーヒー豆のいい香りがふわりと漂ってきて、まだ眠気をまとう脳を徐々に目覚めさせてくれる。  とくとくお湯を注ぎドリップをはじめると、彼が重

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          小説『コーヒーと祈り』

          小説『あの頃、飛べなかった天使は』

          小説「あの頃、飛べなかった天使は」 三月のパンタシア「煙」原案小説  1   講堂を出ると、三月の陽光がまぶたに触れて、目を細めた。  白い光は足元に滑り落ち、足袋の白さに吸い込まれていく。本キャンパスを目指してせっせと歩くも、草履の鼻緒が指の間に食い込んで、少し痛い。  けれど頑張ってつま先をぎゅっと丸め、足裏と草履をくっつけて歩く。かかとと草履が離れると、パタパタと間抜けな音が鳴ってダサいから。  慣れない袴姿に、首筋にうっすら汗を滲ませながら足を動かした。まだ冬の名

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          小説『あの頃、飛べなかった天使は』

          小説『青い春の少女たち』

          小説「青い春の少女たち」 三月のパンタシア「醒めないで、青春」原案小説  校舎裏には私たちだけしかいなかった。  淡く色づく桜の木の下に腰を下ろす。綺麗に開いている花びらの隙間から陽光が漏れ、木陰にいる私たちのまぶたに滑り落ちた。校舎やグラウンドのほうからは、卒業式を終えたばかりの生徒たちのにぎやかなはしゃぎ声が響いている。  高校を卒業したら、私たちは一緒に“あること”をする約束をしていた。 「桜の木のところでやろうよ」  卒業式の前日、そう秘密めいた唇で言ったのは彼

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          小説『青い春の少女たち』

          小説『サマースプリンター・ブルー』

          小説「サマースプリンター・ブルー」 三月のパンタシア「サマーグラビティ」原案小説  1    淡く透明な微笑み。  純度の高い瞳の黒。  それらを静かにたたえ、いないようではっきりとそこにいる、不思議な存在感の彼。  この夏、私はふたたび彼と巡り会う。  その偶然をもたらしてくれた神様と両手でハイタッチをしながら、今、この恋が急スピードで加速しているのを感じていた。

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          小説『8時33分、夏がまた輝く』

          小説「8時33分、夏がまた輝く」 三月のパンタシア「いつか天使になって あるいは青い鳥になって アダムとイブになって ありえないなら」OP / 「恋はキライだ」ED  1  午前10時ちょうどを示していた針が、すっと動いた。  窓から差し込む夏の陽が、じりっと肌に滑り落ちる。じんわりと汗が噴き出してくるのを感じながら、耳に入ってくるあやふやなメロディの鼻歌に、私は少しイライラしていた。 「悠ちゃん、そろそろ買い出し行かないと」 「待ってー。まだ日焼け止め塗ってない」

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          小説『8時33分、夏がまた輝く』

          小説『東京』

          小説「東京」 三月のパンタシア「東京」原案小説 地下鉄に続く夜の階段は暗くて、無機質な闇に吸い込まれていくみたいです。  背負っているギターの重さに押し潰されてしまいそう。  光をたたえてやってくる電車。窓に映る私は笑えるほど無気力な顔をしていて、なんだかとても冴えないですね。  電車の扉が開いて、人が溢れ出てくる。  渋谷へ向かう私の足は、どこか迷っています。突っ立ったまま、黄色い線の内側から足が動きません。一歩を踏み出す足どりが、今日はひどく重たいです。  日々、かじか

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          小説『家出少女』

          小説「家出少女」 三月のパンタシア「街路、ライトの灯りだけ」原案小説  1  空気の粒が、お客さんの熱気を吸ってどんどん膨らんでいく。それを肌で感じながら、私はさらに鼓動の音を高くした。  満員のライブハウスで、私たちはそわそわと開演を待っていた。 「あーヤバ、今日ステージ近いな。緊張してきた」  隣で伽耶ちゃんが呟く。うん、と私もどきどきしながら頷いた。  Ritaのライブが、私は本当に好きだ。   ぽっかりと空いた寂しさに、そっと触れてくれるあの歌声。  体が感電

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