
小説『東京』
小説「東京」
三月のパンタシア「東京」原案小説
地下鉄に続く夜の階段は暗くて、無機質な闇に吸い込まれていくみたいです。
背負っているギターの重さに押し潰されてしまいそう。
光をたたえてやってくる電車。窓に映る私は笑えるほど無気力な顔をしていて、なんだかとても冴えないですね。
電車の扉が開いて、人が溢れ出てくる。
渋谷へ向かう私の足は、どこか迷っています。突っ立ったまま、黄色い線の内側から足が動きません。一歩を踏み出す足どりが、今日はひどく重たいです。
日々、かじかむ手で鳴らすギターも、叫ぶ歌も、早足で行き交う人たちにいつもかき消されてしまうよ。まあ虚しいだけど、でも足を止めて拍手をくれる人だっているんだ。それってすごく嬉しい。うん、だから心配しないで。こう見えてそれなりに元気にやっているし、やっぱり歌うことは楽しいです。
そう、楽しいです。
もっと歌いたいんです。
だからこんなところで立ち止まってちゃだめなんです。
私は扉が閉まる直前に体を滑らせ、電車に乗りこんだ。
深夜のコンビニのバイトにもずいぶん慣れました。店長は優しい人です。酔っ払いの客に絡まれる時以外は平和です。君といる時は全然覚えられなかったタバコの銘柄も、自然と頭に入ってきますね。君が一番よく吸っていたタバコを出すときは、少し懐かしい気持ちになります。
苦くて、むせ返るような煙のにおいと、君の横顔を思い出して、ちょっと感傷的になってみたりして。
ライブハウスのノルマを払うのは大変です。でもお客さんがほんの少しづつ増えていくのを目にすると嬉しくなります。
もっとこうすれば売れるだとか流行りの音楽はどうだとか、くそみたいな説教をしてくる大人たちの話はどれくらい聞けばいいのでしょうか。認めてもらえなくて逃げ出したくなることもあります。弱い私は迷ってばかりです。明日が怖くて涙が止まらない夜もあります。前に進めない自分がどんどん置いていかれるみたいで、不安です。
そうやって、うまく呼吸ができない時は、まぶたの中にゆっくりと君を探します。
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