道のり

身を固めた友人達の話が次々とつまらなくなっていくのを見て、私はまた虚しくなる。みんな自分の話をしなくなった。する必要がないのだ。私が聞かなくたって、一番に話をしたい相手には既に話ができているのだから。話すほとんどが相手のことだ。恋人と付き合うというのは生活を共にすることなのだと、ろくに上手く付き合えたこともない割に私ははっきりと認識している。仕方がない。彼女らの生活はもう彼女らだけのものではない。二人の暮らしを生きている。他人だった者どうしが一つになって生活している。共生している。みんなみんなひとりを捨てて、最後にはふたりを選ぶ。変わりたくない。私は私のままでいたい。つまらない人間になりたくない。

最近思考がまとまらない。言語化したいことがたくさんあるのに、幸福な脳がそれを許さない。満たされていればいるほど、言葉が出てこなくなる。考えなくてもまあいいか。今楽しいからまあいいか。何でもいいか。積み重なって消えてしまう。書かなくても生きられるようになってしまう。それが怖い。自分のこと分からなくなるのが怖い。分かっていないと、癒す方法も分からなくなってしまいそうで、自分のことも人のことも大切にできなくなってしまいそうで、怖い。こうなることはずっと前から分かっていたんだけど。ひとりだった自分を見失うのが怖い。

その人といると、考え事しなくなる。前にも似たことあったけど少し違う。常に許容量を超えてぐるぐる頭を回し続ける私が、ビクビクと顔色を窺って嫌われないように立ち回ろうとする私が、その人といると、そういうの、全部なくなる。楽しいこと楽しいって言える。ムカつくことムカつくって言える。疲れたら疲れたって言える。どういう自分でいた方がいいかとか、今どういう自分を求められているかとか、これ言わない方がいいかなとか、違う言い方にすればよかったなとか、そういう、そういう私の思考の大半を占めてきたものが、その人といると、消えてなくなる。だって、私にどういう女の子でいてほしいとか、その人は全然何にも思っていない。私に理想像を投影したがる人たちのこと散々見てきたから分かる。この人そういうの全然ない。私の一挙手一投足やちょっとした言葉の選び方で態度を変える人ではない。自分を一番大事にしている。私なんかよりよっぽど器がでかい。居心地の良さってなにで決まるんだろうと考えていて、安全基地が確約されているかどうかだなと思った。いたい自分でいられるかどうか。不安感、不快感、緊張感とか、そういうノイズが少ない状態。自分を信じ、相手を信じていられること。「その人のことが好き」と「その人といる時の自分が好き」が両立できていること。

けれど満たされるのが怖いなんて杞憂に終わる。根は深い。そう簡単に救われない。救われてたまるかよ。たった一つの出会いで楽になるなんて有り得ないのだと、それほど強烈な期待を他人に向けるもんじゃないと、今まで何度も頭に叩き込んできたでしょう。求められてもそうやって拒絶したでしょう。呪いを解きたいはずなのに、そのためにずっと苦しんでいるはずなのに、解放された自分のことなんて全然想像できなくて、むしろ忘れたくないとすら思っている。怖い。呪いのこと分からなくなるのが、呪われている自分のこと理解できなくなるのが、怖い。すっかり忘れて生きるなんてできない。そんな勇気ない。だけどきっと杞憂に過ぎない。私は変わらない。それでもいつかはさみしくなくなってしまうんだろうか。ひとりを捨ててふたりを選び、書かずに生きられるようになってしまうんだろうか。それを幸せと言うようになるんだろうか。

私のものでも何でもないその人が、共通の知人である先輩女性と金曜の夜を過ごしていたことを知らされて、ゆるやかに抉られた。二人とも定時で帰っていたのを思い出す。私は1時間だけ残業した。金曜は飲み会と言っていた。その人とって、二人って知らなかった。先に教えてくれてもよかったのに。でもそんな立場にないから。静かに傷つくしかない。誘われたら私じゃなくても行くのかな。誰でも行くのかな。せめてもの抵抗に、心の防衛のために、いつもすぐに返すLINEを少しだけ長めに放っておいて、プレイリスト「救い」をシャッフル再生する。11曲目にザバースデイのI'm just a dogが流れて、イントロで釘付けになって、この世は狂っているけどたぶんそれは純粋な証拠だと思う、のとこで一番泣けた。当分私は私だな。