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四行小説

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だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
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#掌編小説

クジラの骨 //221006 四行小説

「クジラの骨が浮いている」
 隣の君が指さした先には、夕暮れの光を受けた雲が暮れつつある空に浮いていた。赤みがかったオレンジと白が斑になった筋雲は確かにクジラの骨のようで、右から左へと空を大きく占めている。
 骨の後ろには淡く光る円があり、何の光かと目を凝らせば雲の裏でしめやかに輝く月らしい。
「なら、あれは?」
 聞けば、そんなことも分からないのか? とでも言うように目を開き、呆れたように笑いな

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羽根ひとつ //220302四行小説

 水面に波紋が広がった。行き道に通りかかる池は、この時期になると鴨が夫婦でやってくる。一昨日も昨日もいたから、きっと波紋を作ったのは鴨に違いないとそちらを見やる。
 羽根が一枚、水面に浮いていた。
 鴨はいない。そういえば、どこか今日は池が静かな気がする。生き物の気配が少ないような、何かに脅えてどこかに隠れてしまったような、奇妙な静けさがある。一体何がいるのだろう。池を覗いても底は見えず暗い。深く

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花知らず //220228四行小説

 道なりに植えられた桜を見上げていると、隣の君
もつられるように見上げた。蕾が膨らんできていて、春が着々と訪れていることを感じた。確か明日から暖かくなると天気でも言っていた。
「西館に何か咲いてたよ。梅? かな。今の時期なら多分梅!」
 君は花についてあまり詳しくない。詳しくないけれど、花が咲いたり匂いがしたりするとどこか嬉しそうだった。詳しくないからといって、好きではない訳ではないだろう。芸術を

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栞 //220225四行小説

 空いた座席に栞が落ちていた。主要駅を過ぎて車内の人は減っていたから、誰かが置いている訳では無いようだった。
 落とし物として届けるべきかどうしようかと思案しつつ、栞を摘まんで観察する。この栞には見覚えがあった。上の方にパンダが描かれている、どこかの出版社の出している栞だ。確か書店で無料で配られていたはず。それだけなら別に届ける必要も無いと思えたはずなのだが、問題はこの栞の配布されていた時期が最近

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植物のバックアップ  //220223四行小説

植物のバックアップ //220223四行小説

 台所に置いていたベンジャミンが枯れかけてるからバックアップを取った。ベンジャミンとは観葉植物のことだ。コーヒーの木に似て茎は木肌のようで葉は斑入りのポトスに近い。そいつがどうしてか急に葉を落としつつある。水は一昨日あげたはずだし、冬だから虫が付いていることも考えにくい。恐らく根詰まりだろうかと予想を立てつつ、一思いにまだ綺麗な葉が三枚ほど付けた状態で茎を切った。三本ほどそれを作り、適当なコップに

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プリムラの呼ぶ春 //220221四行小説

 今冬最後の雪が降る。頭上の雪雲が通り過ぎれば、春がやってくるのだという。うっすらと積もり辺りは白色に染まっているのだが、真冬とは違ってやはりどこか春に近付いていることを感じる。耐寒性のプリムラが紅色に縁取られた黄の花を咲かせていて、遠い空の向こうには確かに春があることを教えている。
 プリムラの花を撮ろうとスマートフォンを向けると、花の映った画面に雪が落ちて六花が咲いた。綺麗な結晶は画面の熱です

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名は遠くへ //220218四行小説

 名前は風に融けていく。この世に生まれ初めて他者から貰う『名前』というものは、切なる願いを籠めたものであるけれども、付けられた当人にとっては束縛にも似ていた。いわば呪い。人に呼ばれる度に願いは重なり降り積もっていく。
 自分は今ここにいる。今は自分にも願いがある。ならば、自分の名前は自分で付けるべきではないのだろうか。大人というにはまだ幼いかも知れないが、この願いは大人になっても老人になっても持ち

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溺死の記憶 //220213四行小説

 水の引いた用水路を見て『溺れなくて済む』と安心する。想像の自分は雨が降っている日はいつだって溺れていた。酸素を求めて顔を出し、足で底を探そうと突っ張っても何も当たらず口から水が入っていく。何かを掴もうにも藻の生えた壁面はぬるついて、ぬるつくのに鋭利なところがあり手に傷が付いた。傷の痛みは水の冷たさで感じることは無かったが、だんだんと身体の芯に冷たさが迫ってくる。雨の日に外に出る人はあまりおらず、

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花の君 //220211四行小説

 花を見たときに思い出す人がいる。
 花屋の前にはプリムラが並んでいて、僕より前に来た人が買っていったのかいくつか空間が空いていた。プリムラは八重咲きやフリンジ咲きなどがあり、色もたくさんの種類があるからパッと見ただけでは同じ花が見付からない。
 どれだろう。君が好きなプリムラは。
 花が好きな君は、コンビニに行くまでの短い道中でも花が咲いているのを見付けると足を留める。道路の真ん中でも足を留めて

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葉の縁は白 //220210四行小説

 椿をぼうっと見ていたら、葉が動いた。一ヶ所だけがざわりと動いて、目を走らせたもののもう何も動いていない。なんだったんだろう……と考え始めたところでもう一度ざわりと動いて正体を突き止めた。緑の体に黒いきらめきは白く縁取られている。枝に止まっていたのはメジロだった。
 もうメジロがやってくる季節なのか。確かに梅に止まっているイメージはあるけれど、まだ梅にも早い時期だから少しフライングしてやってきたの

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折られた猿の手 //220208四行小説

 猿の手を得て願いを叶えようとしたら優しそうな人がやってきた。猿の手全ての指を折り、地面に放って「努力もなしに手に入れたものに価値は無いわ」と聖母のような微笑みで言う。僕はもう使えなくなった猿の手を一生動かない足を引きずって取り戻し、悔しさと絶望に奥歯を噛む。
 優しい人は、努力を見せてとバラエティ番組でも見るみたいに僕に言う。応援する自分の尊さを肯定したくてたまらない。他者が寄せる優しさは、いつ

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瞼に住むモノ //220201四行小説

 まぶたに何かが住んでいる。そいつはふとしたときにピクリピクリと蠢いて、ここにいると存在をアピールする。違和感はあれど、変な感じがするなぁという程度でそこまで気にも止めていない。どうせいつも数日もすればどこかへ行ってしまうのだし。
 存在は何度か確認しているが、姿は見たことがない。想像の姿は虫か寄生虫を真っ先に思い浮かべてしまうのだが、次に考えるのは小さな人間。まぶたを布団に出来るのかを確認し、居

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風の色 //220126四行小説

[問5 主人公の目には風が何色に見えるでしょうか]
 これが理科なら透明と答えるところだが、国語の問題なのだった。文章中には[風の色]という記述はあれど、その文言が何色かを示すような箇所はない。想像しなくてはいけないらしい。
 主人公は男子学生で冬から春になる境目のような日に、少女に出会った。あらすじをざっくり書けばそれだけの話で、色を考えられるようなところはどこだろうか。例えば、まだ寒い冬の風が

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運命的な君との出会い方 //220125四行小説

 この青い空から君が落ちてきたら良かったのにと涙を拭う。
 そうしたら運命だったと確信出来るはずだった。
運命的な出会いだったなら、もっと何かドラマや映画みたいなことが起きて、どうにかなったような気がするのに。平凡な僕と平凡な君は、ありきたりな日々を過ごして何も起こらずにさよならをする。