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第50回 『ぼくは勉強ができない』 山田詠美著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、委員長さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 私は会社員です。妻とそれから息子がひとりいます。高校2年生で、思春期の真っ只中。進路について、大学進学を勧めても、大学には行かない!の一点張り。理由を訊けば、お父さんみたいになりたくない!とのこと笑 反抗期ってやつでしょうかね……。

 先日、部屋の荷物の整理をしていたら、奥の方から古い文庫本が出てきました。

『ぼくは勉強ができない』という小説です。

 懐かしい……。
 たしか、時田というクラスで人気者の男子高生が主人公の物語。私が高校生だった頃にクラスで流行ってたんです。クラスメイトたちは、主人公の彼がカッコイイだの、憧れるだの、騒いでいましたが、私にはそう思えませんでした。むしろ、鬱陶しい存在に思えました。
 その小説には、成績トップでクラス委員長をしている、たしか脇山という名前の男子生徒がサブキャラとして登場するんですけど、主人公の時田は、脇山の成績の良さを認めた上で、こう言うんです。
「でも、おまえ、女にもてないだろ」
 で、そう言われた脇山は赤面して絶句する。
 実は……私も高校時代にクラス委員長をやっていまして、成績も学年トップでした。このセリフを読んだ時、私はまるで自分に向かって言われたような気がして、顔がカッと熱くなりました。この小説を読んだクラスメイトたちは、きっと私のことを陰で「脇山」って呼んでるんだろうなーなんて、当時の私はこの小説の存在を疎ましく思ったものです。

 そんな胸をチクリと刺すようなほろ苦いあの頃の気持ちを思い出しながら、文庫本の頁をパラパラとめくっていると、不思議なことに、私はいつしか主人公の時田に共感しながら物語を読み進めているのでした──

 型破りな母親と祖父と暮らす17歳の青年の日々を綴った高校生小説『ぼくは勉強ができない』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 時田秀美という主人公の男子高生は、女子にモテて、男友達に慕われていて、親しい女友達もいる。おまけに、バーをやっている歳上の大人の女性とつきあっている。
 物事の慣習にとらわれることなく、教師や生徒などにズバズバとはっきり物申していく。決めつけない、他人と比べない、ありのままを受け入れる。そんな価値観で行動する彼は、みていてとっても痛快。まさにヒーロー。
 ──まあ、モテないガリ勉だった当時の私からしたら、鬱陶しいというか、鼻に付くというか、イケ好かないというか、とにかく秀美くんの存在がおもしろくなかったんだろうなぁ、と私は17歳だった頃の自分自身のことを思い返しました。

 私も大人になったということでしょうか、いまこうして40代になって再読してみると、秀美くんの輝かしい陽の部分ではなく、陰の部分、つまり彼の内面が見えてくるんです。
 彼には父親がいない。母親は仕事に恋愛にいそしむちょっと型破りな女性。そして、浪費グセのある母親のせいで苦しい家計。そうした自身を取り巻く環境の中で、彼は彼なりに格闘していたんです。
 例えば、秀美くんはある日学校で財布に入れていたコンドームをうっかり落としてしまい、それを拾った学年主任の先生に説教されます。大切な恋人との関係を不純異性交遊と言われ、そのせいで勉強ができないのだと言われ、そんなことでは母親が悲しむだろうと言われると、秀美くんは怒りが募ってとうとう先生の襟首に掴みかかります。
 教師にたてつくなんて、いかにもヒーロー的な行動ですが、彼の怒りの背景には、自分のことを勝手に解釈してジャッジしようとする世の中に対する嫌悪や反発があったんですよね。彼は片親だから、母子家庭だから、彼は貧乏だから──などという文脈で勝手につくられた物語にハメられることに必死で抗っていたんです。
ぼくはぼくだ! 勝手にわかったような気になってんじゃねえよ! そんな彼の心の叫びがいまさらのように聞こえてくるようでした。してみると、17歳だった私にも、秀美くんに共感できてしまう。彼は勉強ができるから、彼はガリ勉だから、彼はクラス委員長だから──そんな属性だけで自分のことをジャッジされてしまうことに、言葉にならない違和感と反発を覚えていたことを、私はいまになって思い出しました。
 そして、秀美くんのことがいまさらのように愛すべきクラスメイトのように思えてくるのでした。

 人は誰しもコンプレックスがありますよね。そして、自分のことを周囲に理解してもらいたいと思う一方で、簡単に理解されてたまるかとも思う。これって、高校生だけの世界ではなくって、大人の世界も同じじゃないでしょうか。
 ぼくはぼくだー!! 青臭くってもいいから、そんな気持ちを持っていつまでも自分らしく生きていけたらなーなんて思っちゃいました。

「お前は、お父さんみたいになる必要はない。でも、だからって大学に行かないというのは違うと思うぞ。お前はお前になればいい。そのためにどの道がベストかよく考えてみなさい」
 私は息子にそう告げ、古びた文庫本を手渡しました。
 17歳の息子がこの小説をどんな風に読むのかはわかりませんが、彼が彼らしく生きていく上で、きっと何か得られるものがあるのではないでしょうか。そして、彼が私くらいの歳になった時に再読してもらえたらなーなんて密かに思っています。
 とにかくこの本を再読できてよかったです。胸がスーッとしました!


 委員長さん、どうもありがとうございます!
 この作品が文芸誌で発表されだしたのが1991年。なんと30年前なんですよね。以来、多くの人々に読み継がれてきたロングラン小説と言えます。ぼくの手元にある文庫本は平成27年の46刷版です! これだけ重版がかけられているなんて、時代を超えて愛されてきた証ですよね。
 高校時代に読んだのを、40代になって再読された委員長さんですが、小説のあとがきに著者である山田詠美氏もこう書いています。

 主人公の時田秀美は高校生だが、私は、むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたいと思う。(引用)

 この作品は「高校生小説」ではありながらも、現役の高校生だけでなく、どんな人が読んでも発見のある小説ではないでしょうか。
 さて、作中で秀美くんは迷った末に大学進学を決めますが、委員長さんの息子さんはどんな決断をされるのでしょうか。息子さんにも『ぼくは勉強ができない』読んでもらえるといいですねー。その時はまたお便りしてください!

 それではまた来週。

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