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80.憧れの場所

先日、Google Mapで経路を調べる機会があった。
出発地点から目的地までの目安時間、行ったことのない土地であっても細い路地のような道までキチンと載っていて、いつも感心する。スマホの画面上で人差し指と中指を上下にぐいーん、と伸ばしたり縮めたりすると、画面は世界地図へと移り、たちまち日本列島は大海原に浮かぶ島国であることに気付かされるのだった。

海外に行った経験のない私は、いつか必ず訪れたい場所がある。ヨーロッパ南東部、バルカン半島の国であるギリシャ。首都のアテネには、アクロポリスのパルテノン神殿など、紀元前5世紀に遡る遺跡が数々残されている、古代ギリシャ文明を生んだ神聖な国。

初めてギリシャに行きたい!と感じたのは、高校二年生の頃。
選択授業という科目で世界史を履修していた私は、通常の世界史の授業よりも一歩踏み込んだ内容を学ぶ機会があった。教材ビデオで観たギリシャの歴史や文化の素晴らしさ、そして何より、突き抜けるような青空に映える白色の建造物、その真下に広がるエーゲ海の美しさに唖然とした。

その中でも「ギリシャの楽園」と呼ばれるクレタ島には最も憧れる。
村上春樹さんの作品である『ねじまき鳥クロニクル』作中では重要な場所のひとつとして登場する。私もこの作品を通してクレタ島の存在を知った。以前から村上作品にはギリシャが登場しており、『スプートニクの恋人』では主人公の「ぼく」がギリシャはロードス島に出向く場面で、その美しい描写を読むことができる。

店の外に出ると、塗料を流し込んだような鮮やかな夕闇があたりを包んでいた。空気を吸い込んだら、そのまま胸まで染まってしまいそうな青だった。空には星が小さく光り始めている。
『スプートニクの恋人』p.145
ラジオのニュースが終わり、ギリシャ音楽が聞こえてきた。風が吹いて、ブーゲンビリアの花を揺らせていた。目を凝らすと沖合いに無数の白い小波が立っているのが見えた。
『スプートニクの恋人』p.187,188
現在の時間は午後の2時半。
外の世界は地獄のように暑く眩しい。岩と空と海が同じように白く輝き煌めいている。しばらく眺めていると、それらが互いの境界線を呑み込んでひとつの混沌へと溶けていくのがわかる。すべての意識あるものがむきだしの光を避けて、蔭のまどろみの中に沈み込んでいる。鳥さえ飛んでいない。
『スプートニクの恋人』p.215

実際、著者は1986年から1989年の三年間、ギリシャ・イタリアへの長い旅を経験されておられるようで、その日々の中で旅先の美しい瞬間をたくさん目の当たりにして吸収されたのだろう。私のように本物の景色を見たことのない読者に対して、それはそれは美しい景色を想像させる描写は、村上春樹さんならではの芸術表現。本作と出会い、ギリシャへの憧れは一層搔き立てられた。

ちなみに、三年間の旅行記は『遠い太鼓』という作品に収められている。
(実はこちら、まだ読んだことがないので、これから楽しみに手に取ろうと思っています)

毎年、初夏から夏が熟す頃にかけて『スプートニクの恋人』を読みたくなり、もう何度も読み返している。日本の湿度たっぷりじめっとした空気の中、ギリシャのカラッと乾燥した地に広がる青い空や海に思いを馳せながら、その爽やかで強い日差しに憧れを抱く。行ったことがないのに、文章を読むだけで身の回りに海風が吹いたような錯覚さえ起こす。今年ももうすぐ、そんな季節がやってくる。

おわり

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*OSUSUME*

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