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短きことショートホープの如し

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徒然なるままに、ショートショートなるものを。
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画面上のあなたと僕

画面上のあなたと僕

 念入りに石鹸で手を洗い、タオルで水をふきとってから、実家から送られてきたアルコール消毒ジェルを手のひら全体にすり込んだ。

 鮭に塩と胡椒をふりかける。棚から、みりんと酒と味噌をひっぱり出して、テーブルに並べた。レシピには「みりん:大さじ一杯」「酒:大さじ一杯」「味噌:大さじ二杯」と書いてあるが、計るのが面倒なので、てきとうにボウルの中に流し込んでかきまぜた。買い物袋から、舞茸、しめじ、たまねぎ

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とある小説家の苦悩

その日も男は、
2人席用のテーブルでコーヒーを飲みながら、
ひとり読書をしていた。
ほど近い後ろの席には30代くらいの男が2人。
男は、彼ら2人の会話に耳を傾けていた。

男の職業は、小説家。
筒井新一という名で小説家を始めて、
はや30年になる。
ここ数年、
これといった作品が書けずにいるが、
文学愛好家の中で少しは知られた作品を
いくつか生み出してきた小説家である。

この日も、彼は
次なる小

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邪智暴虐の王

王様の耳はロバの耳、
というわけではなかったが、
その王様は国中の自分に関する噂を
全て耳にすることができた。

また、誰がどこでどんなふうに
自分のことを語っているのか、
彼は非常に関心を持っていた。

産まれながらにして王様である彼は、
他人と対等な扱いを受けたり、
また対等に接せられたりすることを
忌み嫌っていた。
友はなく、必要とも考えていなかった。
対等な接し方をされると、
自分の地位が

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発明 #ショートショート

勤勉とは彼のことを言うのだろう。
生まれてこのかた両親に逆らった試しもなく、教師に迷惑をかけることさえなかった。
周りの友達と遅くまで遊ぶこともなく、毎日毎日机に向かい、勉強に励み続けた。

有名な進学校へと入学し、両親の望み通りの成績を取り続けた彼は、ごく当然に最高学府を卒業し、若手の中でも一目置かれる博士となった。大学からも期待され、若手ながら研究室を与えられた。

「さて、これから何を研究し

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睡眠欲が止まらない。#ショートショート

彼は、欲求に弱い男であった。
と言っても、彼の同僚たちのように色欲に狂い買春で財をすり減らすわけでもなく、日に三度で事足りる食事を悪戯に増やしたり、飲み歩いたりするわけでもなかった。彼は、ただただ眠ることが好きだった。

眠りに落ちる前の浮遊しているかのような時間、身体が寝具と一体となったような安堵感。眠るということが、彼にとって至福の時であったのだ。いくら寝ても、寝足りない。食事をしている時でさ

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2割の男

その日、男は会社を初めて休んだ。
勿論、風邪やインフルエンザに罹り、止むを得ず休むことはあったが、嘘をついてまで休むのは今日が初めてのことだった。

彼は昨夜、結婚まで考えていた女性に別れを告げられたのだ。電話越しの彼女の声は力強く、彼に説得の無用さを悟らせるには十分だった。

会社での評価は悪くなく、人当たりも良かった彼は、ひとつのプロジェクトを任されていた。このプロジェクトが成功すれば、評価も

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悪魔への願い事

「これで準備はすべて整ったか?」
年長者の彼は、髭をねじるように触りながら、2人に確認した。
「すべて揃いました。ここまで、なかなか苦労しました」
「本当に。いよいよ、やるのですね」
2人は目を大きく見開き、彼を見つめていた。
「ここまで、本当にご苦労であった。さぁ、最後の準備だ、床に石を並べてくれ」
命じられた彼らは、いそいそと石を5箇所に並べ始めた。 均等に配置された石の真ん中には、先ほど息の

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