悪魔への願い事

「これで準備はすべて整ったか?」
年長者の彼は、髭をねじるように触りながら、2人に確認した。
「すべて揃いました。ここまで、なかなか苦労しました」
「本当に。いよいよ、やるのですね」
2人は目を大きく見開き、彼を見つめていた。
「ここまで、本当にご苦労であった。さぁ、最後の準備だ、床に石を並べてくれ」
命じられた彼らは、いそいそと石を5箇所に並べ始めた。 均等に配置された石の真ん中には、先ほど息の根を止めたばかりの鶏の首が置かれ、その周りを取り囲むようにして、枯れ枝が並べられた。
「ようし、見事なもんだ。では、始めるとするか」
髭の彼は、枯れ枝に火をつけた。火は、徐々に大きくなり始め、鶏の血が黒く焦げていくのが匂いから感じられた。
「さあ今だ。材料を火に投げ入れろ」
彼の合図で2人は用意していた材料を燃え盛る火の中へと投げ込んでいく。
鶏の脚、鴉の羽、干からびたトカゲ、猫の目玉。次々と火の中で一体となっていった。そして紙包みを取り出し、2人は彼を見つめた。
「いきますよ。この、我々の髪の毛を投げ込んだが最後、悪魔に魂を売ることになりますよ」
「仕方あるまい。我々は、引くに引けないところまで来てしまったのだ。このまま捕まってしまうくらいなら、いっそのこと、とことん悪党になってやろうではないか」
髭の彼は紙包みを掴み取り、勢いよく火の中に投げ込んだ。
「さぁ、出でよ。そして我らの願いを叶えてくれ」

それからしばらくしたが、悪魔が現れる気配はまるでなかった。
「おかしいではないか。本当に用意は万全だったんだろうな。トカゲと間違えてヤモリなどを持ってきたのではあるまいな」
「とんでもないです。全て、全て言われた通りのものを揃えました。なぁ、おい」
「その通りです。全て揃っております。まだまだ材料は残っておりますので、もう一度やってみましょう」
それから二度、三度と試してみたものの、悪魔は尻尾も見せなかった。
「もしかしたら、召喚まで時間がかかるのかもしれんな。みんなで待っているのも無駄だ、交代しながら待つとしよう。先ずは、お前が待っていろ。俺は少しばかり寝ることにする」
「分かりました。悪魔が出てきたら、お知らせいたします」

それからしばらく経つものの、悪魔が現れる様子はなかった。火が、段々と小さくなり始めた。

「その後どうだ。悪魔は出たか?」
「いえ、それがまだ……。おかしいですね、本当に出てくるんでしょうか」
「本当に出るか、だと? なんだ、疑ってるのか?」
「そういうつもりでは」
「お前みたいに疑っておるから、悪魔も出てきづらいのだ。かわれ。おれが待っておくから、お前は外に出ていろ」
髭の彼はそう言って火の前に座り込んだ。最後の一回分の材料を丁寧に並べ、紙包みをゆっくりと開いた。真っ黒い髪の毛が2本と、白髪が1本。彼は白髪をつまみ上げ、そっとポケットにしまい込んだ。
「さぁ、そろそろ良いだろう」と言いながら、彼は両手を頭の方にやった。
ぐぐっと力を込めると、彼の髪がふわりと持ち上がった。その隙間にサッと指を入れ込み、素早く引き出した。
指先には、力のないちょろりとした毛が1本。小さくなった火に照らされ、ゆらゆらと輝いている。
彼は並べた材料を火に投げ込み、ちょろりとした髪の毛、そして若々しい2本の髪の毛を火に落とした。

一気に黒煙が上がり、中から如何なる動物とも似つかぬ容姿をしたものが現れた。
「あ、あ、悪魔か。あんたが、悪魔かい」
「いかにも。おれを呼び出すってことは、何か願い事があるのだろうな」
「その通りだ。願いを叶えてくれ」
「ああいいだろう。しかし、タダとは言わせない。1人の願いを叶えてやるかわりに、残る2人の大切なものを頂くぞ」
「わかった。さぁ、願いを聞いてくれ」
「願い事を言え。何でも叶えてやろう」
「それじゃあ言うぞ。本当に叶えてくれ。願い事は……この頭に、若かりし頃の髪の毛を生やしてくれ」
「そんなことで良いのか。容易いことだ」
悪魔は低い声で笑いながら、彼の頭に息を吹きかけた。
「では、髪の毛が、その作り物の髪と同じくらいに伸びた頃に、2人の大切なものを頂戴しにくるとしよう」
黒い煙が上がったかと思ったら、悪魔の姿とともに、煙は消えて無くなっていった。
「これで俺の髪の毛が蘇る。これで捕まってしまったとしても、見っともない頭で世間に顔を晒さずに済む。ふはははは」
彼は低く、小さな声で笑った。

「その後、いかがですか? やはりまだ悪魔はやってきませんでしょうか?」
外にいた2人は、恐る恐る中に入ってきた。
「まだ、悪魔は現れないようだな。やはり、こんなものは信じても無駄だったのかもしれんな」
彼は、落ち込んだ表情を作りながら、笑いそうになるのを必死に押し殺した。
「うむ、やはりそうだ。悪魔なんぞに頼ってても無駄だな。我々のちからだけで、逃げ切ってみせようではないか」
「そうですよ!悪魔なんかいなくとも、あなたがいれば、きっと何とかなりますとも。それに、いざとなったら私たちが命をかけて、お守りいたします」
「そうか、そこまで言ってくれるか。ちなみに聞いておきたいのだが、お前らにとって大切なものとは、一体なんだ」
彼らは声を揃えて答えた。
「もちろん、あなたのお命でございます」
彼らの目は、この日いちばんの輝きを放っていた。

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