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未確認生物 (掌編小説2000字のホラー)

強い太陽光線が目蓋を射抜いた。
私は顔をしかめ、腕を額に当てて光を遮る。
こんな状態なのに、いつの間にかウトウトしてしまったようだ。

あれから、どれくらい時が過ぎたのだろう。
ここには時計もテレビも何もないのだから、
確かめようがない。
あるのは、果てしなく続く海原と果てのない空。
既に、時間の感覚など無くなってしまった。

残り少ない夏を楽しもうと、同僚の真希と近所の海水浴場にやってきた。
平日のせいか、子供達の姿はあまり見えず空いている。
ワンピース型の水着を着用し、1人用のビニールボートに各々乗り込むと、腹這いになって海上へと漂い出した。
あまり沖に行きすぎないよう、万が一落ちても足がつくだろうと思える距離以上は、行かないように気をつけていた。
少し波はあるが、それほど気にならない。
真希と取りとめのない会話をし、休日の午後をゆったりとした気分で過ごした。

しばらくして2人とも話しすぎたせいか、次第に口数が少なくなっていった。
波間にたゆたうボートに揺られているうちに、
私は眠気を感じウトウトし始めた。
一旦、真希の様子を確かめようと思いつつ
眠気に勝てなくて目を閉じた。

うつ伏せになっていたお腹の辺りに、緩やかな振動を感じた。
海流が生じてるのだろうか?
ボートが移動してるような感覚に、ハッとした。
恐る恐る、目を開ける。
静かに上体を起こした。
前後左右に目を向ける。
真希の姿が見えない。イヤ、それどころか四方八方を海に囲まれ、駐車場がある方向の陸地すら見えない。
 (流された?)
随分、沖に流されたことは確かだろう。
どれだけの距離を移動したのか、見当すらつかない。
 (なぜ、寝てしまったのだろう。もっと注意すべきだった)
潮の流れが早くなることはないだろうと油断していた。もしかして、真希も流されたのだろうか?
それよりこの後、どうするかが問題だった。
助けを求めるとしても、スマホは車に置いたままだ。イヤ、あったとしても電波が届かないだろう。

私は途方に暮れた。
時々海難事故のニュースで死者や行方不明者の報道をしているのを見る度に、可哀そう、大変だわと思っていたが、まさか自分がその当事者になるとは……。

食べ物も飲み物もないこの状態で、私はいつまで生存できるのだろう?
(私はこのまま死ぬんだろうか?)
人間が飲まず食わずで生きられるのは、約3週間だと聞いたことがある。だが、この状態でそれほど生きられるとは思えない。

体力を温存するために、私は再び横になった。
漁船や海上保安庁の船が、近辺を航行することに望みをかけながら……。

じりじりと時が過ぎていった。
昼と夜を何回繰り返したのか、もう見当すらつかない。
目を閉じても、眠っているのかどうかさえも分からない。


太陽の眩しさで、途端に意識が戻ったようだった。
ボートが、またどれだけ漂流したのか確かめる術もない。
激しい空腹を覚えたが、それより喉の乾きをどうにかしたかった。

その時、前方の水面下スレスレの所を黒い何かが横切った。
続けざまに。また横切る。

(何? イルカ? イヤ、もしかして鮫?)

ある記憶が蘇った。
小学生の頃、母と映画館にジョーズを鑑賞しに行った。何ともおぞましいシーンの連続だった。
あんな大きい鮫がいるのだろうか?
と思えるほどの巨大な鮫が、逃げ惑う人々の手足を
いとも簡単に次々と食いちぎっていく。
真っ赤に染まった海面が、更に恐怖心を煽った。
生々しくて吐きそうだった。
帰宅した後、あまりの具合の悪さに寝込んだ。
その後しばらくの間、おぞましいシーンが何度も目蓋に現われ怯えた。

またしても、水面下を黒いものが横切った。
緊張した。
もし、あれが鮫だとしたら……?
今日、私の人生が終わってしまうのは確実だ。
私は身を固くした。
黒いものは、ビニールボートの周りを旋回し始めた。ここに、何らかの生物がいると確信しているとしか思えない。

一瞬海面から、たこの足のような物が垣間見えた。

(何? 鮫じゃくて、大きな黒いたこ?)

そういえば、世界中の至る所で未確認生物が目撃されているらしいが、もしかしたらその類なのか。
どこにも逃げ場のない海のど真ん中で、私は発狂しそうになる。
鮫以外の生物だとしても、狙われているのは確実だ。
私はただ、ボートにしがみついていることしかできなかった。
すると海面から、それは勢いよく踊り出てきた。
たこに似た頭の中央にある1つ目が、ギラリと光った。明らかに普通のたことは違う。
見るからに異様だ。

(たこの化け物だわ!)

3mくらいはありそうだった。
それは吸盤のついた何本もの足を伸ばし、私の体をボートごと絡め取った。
私は悲鳴を上げた。
次の瞬間、化け物にものすごい力で海底へと引きずりこまれていった。
私は意識を失った。



















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