松下幸之助と『経営の技法』#104

5/29の金言
 工場内のその雑音は、正しい雑音か。不良品ができている雑音ではないか。

5/29の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。短いので、そのまま引用しましょう。
 工場の作業場へ入って、何んとなしに響いてくる音、雑音が、それが正しい雑音であるかどうか、きちっと仕事ができている雑音であるかどうか、不良品ができている雑音であるかどうか、というようなことがわかるかわからないかということです。それがわからないようなことでは、私はあまり偉そうに言えないと思うんです。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、管理職や経営者の資質が問題になっていますが、管理職や経営者が工場の雑音から作業の様子がわかるということは、どのようなことでしょうか。
 これは、作業工程を、図面や書類を通して知っているだけでなく、機械の様子や作業の様子について、うまくいっている時だけでなく、うまくいっていない時まで知っていることを意味します。それも、わざわざ一つひとつの音に聞き耳を立てるのではなく、「何んとなしに」聞いているだけで違いに気づく程度まで、その違いを熟知していることを意味します。
 このことから、自分自身が機械を使い、作業をしていた場合か、自分自身が作業していなかった場合であれば、相当深く作業に関わってこなければ、松下幸之助氏に評価されないことになります。
 内部統制や経営上、管理職や経営者がすべきことは、他人を使うことです。そこでは、第一に、自ら具体的な作業内容を指示する場合があります。この場面では、管理職や経営者が作業の内容を詳細に知る必要がありますから、音の違いを熟知していることは当然に必要です。
 第二に、むしろ現場が新しい製品や仕事の方法を作り出す場面で、管理職や経営者は、チェックしたりアドバイスしたりし、出来上がったものを承認したりする役割となります。この場面では、具体的な指示はしませんから、一見すると音の違いを熟知する必要はなさそうですが、現場の従業員の感覚からすると、現場を知らない人のチェックは納得できず、現場を知らない人のアドバイスは受け入れがたいものです。現場に自発的に仕事をしてもらおう、という場面だからこそ、力で抑え込むのではなく、納得してもらうことが重要になります。したがって、この場面でも、音の違いを熟知していることが重要になってくるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、特に専門性の高い製品やサービスを展開する会社であるほど、経営者自身が現場の業務に精通すべき必要性が高くなる、と言えるでしょう。
 それは、業務の専門性が高いほど、現場の専門性やプライドが高く、生半可な知識では現場を動かすことが難しいからです。もちろん、現場を知らない素人だけれども、経営者として認められているから、現場が言うことを聞く場合もあります。そのような場合を否定するのではありませんが、そのような経営者が経営者として受け入れられ、力を発揮してもらうためには、現場を知らないけれども、現場が言うことを聞くだけの「何か」が必要である、それも、現場の専門性やプライドが高いほど、非常に高いレベルの「何か」が必要になる、ということがわかります。
 つまり、現場の専門性やプライドが高い場合の経営者の資質として、相当現場に精通しているか、それがない場合には、それに代わる「何か」が必要、ということがわかります。

3.おわりに
 私自身が証券会社の社内弁護士だったころ、金融商品の合法性や合理性が争点となる訴訟をいくつも経験しました。そこでは、金融商品を実際に作っている「証券アナリスト」達の説明やサポートが不可欠です。専門的な解説が必要だからです。
 当初は、私自身が彼らの説明を十分理解できませんでしたし、彼らも私が本当に理解することを期待していない様子でした。
 しかし、それでは裁判所に会社の主張が十分伝わるはずがありません。
 そこで、私自身が証券アナリストの資格試験の勉強をしました。そうすると、徐々に本業の証券アナリストたちの説明も理解できるようになってきて、本業の証券アナリストたちも、私に理解してもらおうと忍耐強く説明してくれるようになってきました。
 さらに、私が証券アナリストの試験に合格すると、本業の証券アナリストたちがお祝いしてくれただけでなく、例えば訴訟の場でも、私の説明を裁判所が素直に受け入れてくれ、例えば専門家の意見書の提出をやたらと命じられる場合が少なくなったように思われます。
 やはり、専門性が高い職場では、管理職や経営者は現場を納得させられるだけの専門性のあった方が、仕事をやりやすいと実感したのです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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