松下幸之助と『経営の技法』#30

 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。

1.3/16の金言
 微妙に動く心、人情というものをよく知り、相手の気持ちを考えてふるまいたい。

2.3/16の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。短いので、原文をそのまま引用しましょう。
 考えてみれば、人の心というものはまことに不思議なものです。“人情の機微”という言葉がありますが、ほんの些細なことで、嬉しくなったり、悲しくなったり、あるいは怒りを感じたり、また、大きくふくらんだり、しぼんでしまったり、微妙に動くのが人の心です。ですから、共同生活の中で気持ちよく生活していくためには、お互いこのことをよく知って、他人の気持ちを考えながらふるまうということが極めて大切なのではないでしょうか。

3.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、共同生活を前提に、そこで気持ちよく生活することを目的として、人情の機微の理解の重要性を説明しています。すなわち、会社組織の一員でいるうえで重要なこととして、表面的なものではなく、「人情の機微」まで配慮した、深みのあるコミュニケーションが重要、と説明しているのです。
 これは、会社組織運営上、従業員同士の深いコミュニケーションが重要であることを前提にします。
 すなわち、第1にリスクセンサー機能から見た場合、リスクに気づくべきは全従業員です(人体に会社組織を例え、体の表面を覆う神経網をイメージすれば、理解できます)が、折角リスクを感じても、それが適切に伝達され、共有されなければなりません。そのために、適切なコミュニケーションが必要です。コミュニケーションがうまくいかないことによるトラブルの事例も、実際に紹介されているところです。
 第2にリスクコントロール機能から見た場合です。ここでは、チャレンジするためのお膳立てや、実際にリスクを減らすための手立てを実行しますが、そのいずれでも、従業員同士のコミュニケーションが不可欠です。議論が深まらず、会社のチャレンジを支えるには、頼りない状況になってしまうからです。
 第3に、この両者と表裏一体ですが、ビジネスとしてチャレンジする場面でも、従業員同士のコミュニケーションが重要となります。リスクに気づき、リスクをコントロールする過程で、これと同時に、ビジネスとして成り立つための検討や対策を講じなければならず、さらに、チャレンジすることを決めた場合にはそれを実行しなければなりません。どのようなプランであっても、人間が作るモノですので完全なことはあり得ず、プラン実行当初は様々な問題が発生しますが、それに対し、組織が一体として対応するためには、従業員間での表面的な連携では足りず、発生した問題の詳細なニュアンスまでも共有できるコミュニケーションが必要となります。
 このように、松下幸之助氏は人情の機微の重要性を話していますが、その前提には、会社組織内でのコミュニケーションの重要性があるのです。

4.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 株主から経営者を見た場合、従業員相互のコミュニケーションを大事に考える経営者を選び、または、そのように働きかけることが重要になりますが、注意すべきは、これと反対に、コミュニケーションや人情を重視する経営者の中には、周囲に気を使いすぎて、思い切った決断やリーダーシップが取れない「調整型」の経営者が多く見受けられる点です。お互いに相手を思いやることで、相互牽制が効いてしまい、変革のブレーキになってしまうのです。
 むしろ、逆の発想が必要です。
 すなわち、変革やチャレンジを阻害する口実に「人情の機微」を持ち出すのではなく、変革やチャレンジをスムーズに行うために「人情の機微」を使いこなせる能力が必要なのです。

5.おわりに
 経営者やビジネスマンの在り方、会社組織の在り方、等について、特にそのうちの特定の能力や機能に着目する場合には、それだけに着目するのではなく、それと対立する概念についても理解し、全体像が歪まないようにしなければなりません。
 どう思いますか?


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