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松下幸之助と『経営の技法』#86

5/11の金言
 平凡な仕事もおろそかにしない心がけ。その積み重ねが、崩れぬ信頼感を生み出す。

5/11の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 命ぜられたことをその通りキチンとやる、そこまではよいけれど、命じた人にキチンと結果を報告するかどうか。
 やれば良い、という人、結果はキチンと報告しなければならない、そうしたら命じた人は安心するだろうと考える人。そのちょっとした心の配り方の違いから、両者の間に、信頼感に対する大きな開きができてくる。
 仕事には、知恵も才能も必要だが、もっと大事なことは、些細と思われること、平凡と思われることも、おろそかにしない心がけである。難しいことはできても、平凡なことはできないというのは、本当の仕事をする姿ではない。
 些細なこと、平凡なことを積み重ね、その上に自分の知恵と体験を重ねてゆく。それではじめて、危なげのない信頼感が得られるというものである。
 賽の河原の小石は崩れても、仕事の小石は崩れない。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 信頼されることの重要性については、#78(5月3日)で検討しました。ここでは、信頼される方法について検討しましょう。
 ここで、信頼される方法とされているのは2つ、①結果までキチンと報告すること、②些細で平凡なこともおろそかにせず、積み重ねていくこと、です。
 これを、個人の能力として見た場合には、「感性を育てる」ことを意味します。勘違いする人が多いのは、感性は生まれ持ったものではなく、緻密な作業の積み重ねの上に作り上げていくものである、という点です。職人が、手で触っただけで、工作物の表面や形状の微細な違いを感じ取れるのは、緻密で妥協のない仕事を何十年も続けているからであり、仕事でも、例えば丁寧な営業を何十年も続けている人が瞬時に「おかしい」と言う場合と、マスコミで垂れ流しにされているような安っぽい理論を振りかざす人間が瞬時に「おかしい」と言う場合とでは、その正確性や信頼性に大きな違いがあります。当然、ビジネスマンですから、前者の職人的な意味での感性の方が重要であり、そのためには丁寧な仕事を積み重ねていくことが、要領が悪いようでいて実は一番の近道なのです。
 次にこれを、会社の組織上の問題として見た場合には、それぞれが、①ボトムアップ(情報が下から上に上がる)と、②トップダウン(指揮命令が上から下に降りる)を象徴している、とも評価できます。この両者が対立するものではなく、場面に応じた役割分担の問題であることは、この連載で繰り返し検討してきたことですので、ここでは検討を省略しますが、社員にこれを心がけさせる、ということは、これをその先輩や上司が受け止め、組織のために活用しなければならない、ということでもあります。
 松下幸之助氏は、個人の成長へのアドバイスとして話をしていますが、これが、従業員にとってのモチベーションとなることを考慮すると、組織の強化のための話でもあるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、会社を託された受託者である経営者は、株主の信頼を勝ち取らなければなりません。投資家を安心させることの重要性も、同じ#78(5月3日)に検討したとおりです。例えれば、上記の図のように、スペイン国王として見れば、コロンブスが大口をたたいただけでなく、実際にインド航路を発見した後は、イギリスに行ってしまうのではなく、ちゃんとスペインに帰って来ると信頼したからこそ、探検をサポートしたのであり、コロンブスにはスペイン国王を安心させることができなければ、探検のためのサポートを得られなかったはずです。
 経営者の資質として、(隠し事をしたり、嘘をついたりすれば問題ですが)投資家を安心させることは、株式の市場価値を安定させ、投資家のリスク(特にボラタリティのリスク)を減らすことになります。例えば、結局何でもないことが、経営者の不安を煽る言動によって、株式の市場価格が大きく上下した場合、結果的に株価が元に戻ったとしても、投資のリスクは変動幅(ボラタリティ)で評価するのが一般的ですから、投資家に対して無用なリスクを負担させてしまったことになります。具体的には、この変動によって、本来であれば株式を手放さなかったはずの株主が、リスクの急上昇に耐えられずに株式を売却するかもしれず、そうすると、株式をそのまま保有していた場合に得られた利益を失ったことになるのです。
 このように、株主(株式市場)を安心させることも、経営者にとって重要な資質なのです。

3.おわりに
 近時、短期的な結果を求めるアメリカ型の投資や経営が広がっていて、日本企業の基礎体力が奪われる、という指摘を多く見かけます(一時ほどではないですが)。
 ここで検討した松下幸之助氏の言葉は、会社組織の基礎的な体力を強化しようとするものであり、まさにこのような懸念に応えるものです。
 株式市場の問題は、短期的な株価の上昇益に対する期待だけで投資するような、短期的な視点の株主を多く呼び込んでしまい、長く社会に貢献すべき会社の貢献(例えば、株価よりも配当による利益による還元)を期待する株主の声が相対的に小さくなる、という構造的な問題です。
 投資家がこのような構造的な問題を有する以上、経営者の側が上手に株主の短期的な要求をなだめつつ、会社の長期的な成長のための投資を継続する、という長期的な視野と気骨が必要なのです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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