松下幸之助と『経営の技法』#110

6/4 自主経営力をもつ

~硬直化した経営にしないために、それぞれに自主経営力が必要である。~

 何でも上から命令されたから、上の人の希望であるからと安易にものを考えるようになると、それはいわゆる事なかれ主義に陥って、硬直化した経営になってしまいます。例えば、経営削減ということで、広告宣伝費はムダに使ってはならないという方針が出された場合、それを直訳して、必要な広告までやめてしまうということでは、売れる商品も売れなくなり、会社の発展も止まってしまいます。そこにやはり、下の人としての自主性に基づく経営的な判断が必要なわけで、ムダな広告は一切なくすが、必要なものは積極的にやっていくということでなくてはならないと思います。
 ですから、仮に部長の人が1つの方針を打ち出した場合に、課長なり主任なりがそれに対して自分の所信を訴える、もしそれが妥当でない場合には、「部長、それは間違っていますよ」と言えるだけの自主性と実力、いわば自主経営力というものをもっていることが必要だと思います。そういうものがないと、万一、上の人が誤った場合、全部が誤った方向へ進むということにもなってしまいかねません。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 組織は本来、上司の命令を部下が遵守する必要があります。例えは悪いかもしれませんが、軍隊の場合、上官が死んでこいと言えば死ぬのが兵隊であり、軍隊は本来、そこまでして組織の一体性を維持しようとします(現在、そのような命令が許されるかどうかは、別の問題です)。組織の一体性が壊れると、そこに付け入られる隙が生まれ、多くの戦死者と組織の崩壊を招くのです。
 民間企業がそこまで強く従業員を縛り上げるわけではありませんから、さすがに死んでこいという命令に従う必要はありませんし、そもそもそのような命令が許されるはずがありません。どこかで、聞くべきでない命令があるはずです。
 このように、聞くべきでない命令の1つが、上司による、誤った命令です。松下幸之助氏が引き合いに出しているのは、大筋誤っていない(ムダな広告を無くすこと自体は間違いではない)ものの、細部が明確でない場合です。ここでは、具体的な判断を部長から部下に委ねているのであって、間違えた指示がされたわけではない、という解釈も可能でしょうから、部長の指示を間違いと決めつけることにも問題があります。間違った部長の指示対、正しい部下の戦い、という位置付けではなく、曖昧な指示を明確にしてもらうための確認、という位置付けで穏便に済ませるのが、サラリーマンの知恵でしょう。よほどのことがない限り、わざわざ指揮命令系統を内側から壊すような議論を展開するべきではないのです。
 けれども、この点はおいて、部下が上司の指示に異論を述べるべき場合の問題として検討しましょう。
 まず、中身の問題です。ここでは、ムダな広告を無くす、という指示に対し、必要な広告は残す、という判断の合理性の問題です。
 この点は、会社組織を人体に例えてみるとよくわかります。すなわち、最近よく問題になっている「リストラ」「コストカット」です。
 一見、無駄を削ってスリムになり、モデルのような体形になると、会社がとても強くなったように感じるからなのか、あれもこれも全部無駄、として必要以上に体力を落としてしまう、行き過ぎた「ダイエット」が行われることがあります。
 しかし、会社は美を競うために存在するのではなく、事業を通して利益を上げるために存在します。しかも、そこは多くのライバル会社がしのぎを削り合っている厳しい市場での競争です。競技の種類に応じて必要な能力の種類は異なりますが、瞬発力が必要な場合にはしなやかな筋肉が、重い物を持ち上げる力が必要な場合には太い筋肉が必要です。ダイエットのし過ぎでそのような筋肉まで落としてしまうと、実際に競争する戦いの場面で戦うことができず、競争に負けてしまいます。このような、行き過ぎたダイエットをしないためにも、もし上司が誤ったダイエットを指示した場合には、それを牽制することの合理性が認められるのです。
 次に、組織の問題です。ここで期待される部下の役割は、言わばチェック機能ですが、そのようなチェック機能を果たすべきは、本来、部下ではなく、内部監査や法務などの管理部門ではないのか、組織化することこそ重要であり、個人の力量に任せてしまうのでは、組織として不完全ではないか、という疑問です。
 たしかに、チェック機能をメインの業務とする部門が存在すべきことは、特に会社組織が大きくなってくると重要なことです。
 けれども、人体ですら、同じ機能を複数の器官が担っていることがよくあります。例えば、血液中の不純物を漉しとって排出する機能は、主に腎臓が担いますが、それにとどまらず、体の全身にある汗腺も同様の機能を果たします。体温を冷ます、など、本来は違う機能のために機能していますが、不純物の排出という機能も補助的に担っているのです。
 会社でも、例えば経理部門は、お金の動きを通して、会社内のおかしな動きを牽制します。不正があればお金も動きますので、例えば不正な接待や支出がないかチェックし、牽制を働かせることで、事後的な内部監査よりも先に不正に気づき、あるいは不正を防止できます。上司のおかしな指示について、一番最初に気づくべきは、直接その指示を受ける部下の場合が多いでしょうから、組織的に大掛かりな問題になってしまう前に、まずはその部下が問題に気づくということは、組織設計や制度設計として十分合理的なのです。
 このようにして見ると、会社組織の競争力を維持するための防衛本能として、現場レベルで問題に気づき、直ちに対策を講じるというのは、人体で言う条件反射に似た機能と言えます。何か目に入りそうになれば、何も考えなくても目を閉じる、という条件反射があるからこそ回避できる危険が沢山あるのです。その意味で、現場の従業員が、会社のリスク対応機能として、リスクセンサー機能を有し、さらに、上司に異議を申し立てることによるリスクコントロール機能も有することが理解されるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者には、硬直的な組織を作るのではなく、このように柔軟な組織を作る能力が必要となります。松下幸之助氏も、この要請に応え、従業員たちに自立した判断や対応を働きかけているのです。
 これは、特にトップダウンを強調する経営者の陥りやすい問題です。
 すなわち、従業員の役割りとして、下から情報や意見を上げることよりも、上からの指揮命令に忠実に従い、やるべきことをやり遂げることの方を重視するほど、上司の指示に異論を唱えることが難しくなっていくからです。
 トップダウンんとボトムアップは、決して対立する概念ではなく、組織のリスク対応力や感性を高めるためには、両方の機能する場面を整理し、両者を上手に組み合わせ、それぞれのよいところが組織の運営や日頃の経営に生かされるようにしなければならないものなのです。

3.おわりに
 このように、トップダウンとボトムアップという、一見対立するポイントが見えてきました。
 このポイントから見てみると、松下幸之助氏は、単純にボトムアップ的な要素を強調しているだけでなく、トップダウン的な要素にも配慮し、両者の調和を考えていることも気づきます。
 すなわち、上司の指示が誤りであると感じた場合、陰でこそこそこれに反抗するのではなく、その上司に直接異論を述べることを求めている点です。上司に反感を抱いた部下が、陰でテロ活動をし、組織の分裂や崩壊を行うのではなく、組織を束ねている上司自身に問題を理解させ、誤った指示を直す機会を与えることで、組織の一体性を維持したまま問題を修正できるように、組織自身の修正力を高めることを期待しているのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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