松下幸之助と『経営の技法』#157

7/21 欠点を知ってもらう

~ありのままの自分を皆に知ってもらう。欠点をカバーする知恵を提供してもらう。~

 例えば、私は学問をあまりしていないから、知らないことがたくさんある。それで、入ったばかりの新入社員にでも「君、何々という言葉があるが、あれはどういう意味や」といったように聞くわけである。そうすると、向こうはたいてい皆私よりは学問をしているから、「それはこういうことです」と教えてくれる。「なんや、大将はこんなことも知りまへんのか」とは誰も言わない。
 もし私が「こんなことを聞いたら体裁が悪い」などと考えて、わからないことでも聞かずにそのままにしておいたら、誰も教えてくれなかったろう。それではみんなの知恵も生かされないし、会社も発展しなかっただろうと思う。私が、自分は知らないことがたくさんあるということをありのままにみんな知ってもらったから、そうした欠点をカバーするために皆がもてる知識や知恵を提供してくれ、そこから成果が生まれてきたのだと思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 1つ目のポイントは、従業員の自主性や主体性を高める点です。従業員の自主性や主体性を高めることの重要性や、その方法については、松下幸之助氏が繰り返し強調している点ですので、ここではそのことだけを指摘しましょう。一体性にこだわるのではなく、多様性も重んじる統治手法です。
 2つ目のポイントは、コミュニケーションツールとして見た場合の、「弱みの自白から」(『法務の技法(第2版)』251頁)です。これは、下手な対応をすると自分の弱点として非難されるべき点を、先に自ら自白してしまうことで、他人の攻撃を回避し、さらにうまくいけば相手を自分の味方にしてしまおう、というコミュニケーションツールです。弱みを先に認めると相手が守ってくれるような人間関係は、「情けは人の為ならず」というべき関係ですが、実はそれほど簡単に構築できるものではありません。他人に助けてもらえるのは、他人との間に相当の信頼関係が必要なのですが、会社という場は、そこに働く従業員にとって一蓮托生となる場であり、他人のミスによるトラブルの影響は自分の身に降りかかってきます(ひどいときには、一緒に乗っている船自体が沈んでしまいます)ので、大都会の街中で赤の他人に人助けを叫ぶよりも、同じ会社の従業員に助けてもらえる可能性が高いと言えるでしょう。
 さすがに、経営者自らが「弱みの自白から」を実践してしまうということには、少しびっくりしますが、それができるところに松下幸之助氏の人柄と大きさがあるのかもしれません。知ったかぶりをして背伸びをし、後でメッキがはがれて恥をかき、信頼を失うよりも、最初から開き直ってしまえ、ということですから、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」を地で行くようなコミュニケーションになります。
 3つ目のポイントは、従業員から広く情報を集めて経営に活用している点です。「衆議独裁」という言葉を何度か紹介しています(7/2の#138など)が、従業員に気楽に質問することによって、会社の各所の情報や意見を集め、様々な知見を集約していることになりますので、この「衆議独裁」のうちの前半部分である「衆議」ができている、と評価できるでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、経営者の人間としての魅力が重要な要素です。商売として、会社の外の人たちの信頼を勝ち取るだけでなく、リーダーとして、会社内部の従業員たちの意欲を高め、束ね、リードしなければならないからです。
 わからない、と従業員に質問しても、従業員に馬鹿にされない、と松下幸之助氏が説いているところが、松下幸之助氏自身の人柄に合った経営のやり方なのだと感じます。

3.おわりに
 ワンマン社長などに多いのが、自分自身の体裁や権威を大切にするあまり、つい知ったかぶりをしてしまうタイプでしょう。
 他方、従業員の自主性や多様性を重視する松下幸之助氏には、背伸びしてまで体裁や権威を守ろうという意識がないようです。多様な人材を受け入れ、会社が大きく育つためには、このように、経営者の人柄も大きく影響しているように思われます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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