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松下幸之助と『経営の技法』#128

6/22 商品はお金と同じ
~商品は金を生むもとになるという思いで、その管理にいつも細かい心配りをしたい。~
 人間というものは妙なもので、ここに仮に千円札があるとしますと、これは決して粗雑に扱いません。金はやっぱりサイフにキチンとしまうか、タンスに入れるか、金庫に入れるか、ともかくほったらかしにはしません。命の次に大事なもののように扱います。
 ところがこれが商品となると、何となく粗雑になってくる。千円の値うちのある商品は、これは千円札と同じなんだというほどの思いがない。だからついほったらかしにする。埃もかぶったままで、キチンと整理もせずに、店のすみで軽くあしらわれてしまうというようになりがちです。実はここのところが非常に大事なのです。私の経験からいうと、こういう扱い方をする傾向の強いお店ほど発展していません。
 もちろん例外もあるでしょうし、一概にはいえませんけれど、まず大体はこうしたものです。反対に、商品は金と同じだ、金を生むもとになるのだという思いで、大事に管理し、陳列し、いつもきれいにしておくというような細かい心配りをしているお店は、概して発展しているようです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 商品を大事にすることはビジネスの常識です。したがって、それを徹底するために、商品をお金に例えるなどして分かりやすく指導することも、経営の手法として当然です。
 ここで松下幸之助氏は、小売店の経営者に向けて話をしているようですので、経営者の心がまえとして語られています。しかし、それが会社となれば、経営者個人の意識で終わらせずに、このような意識を組織に徹底させることが重要になります。
 そこで、商品を大事にする、という意識を組織に徹底させることと、そのための経営者の役割を考えてみましょう。
 まず、「商品=お金を生むもと」だと思い、大事にする意識です。
 ここで特に注目したいのは、従業員に「商品=お金を生むもと」というイメージを埋め込む、という手法です。だから、大事にしろ、という命令ではありません。松下幸之助氏が言うのは、逆です。つまり、「商品=お金を生むもと」だから大事にしたくなるよね、という言い方です。
 重要なのは、両者が似ているけれども、実は大違いだという点です。前者は、義務付けているのですが、後者は動機付けているのです。
 このように、義務付けるのではなく動機付けることが重要なのは、会社組織を人体に例えれば理解できます。特に、リスク管理の場合に分かりやすいですが、これはリスク管理だけでなく経営の場面でも当てはまることです。
 例えば、人体には体の表面に隙間なく神経が張り巡らされていて、それが痛みや熱さを感じとります。感じ取る情報は単純です(痛い、熱い、等の簡単な情報だけであり、例えば、体の表面の神経自身が特別難しい状況判断をするわけではありません)が、全身の神経が全て機能していることによって、身体に迫るリスクを感じとることができます。
 この神経の機能を、会社での現場の人間一人ひとりが担うとした場合、例えば「リスク管理は私の仕事じゃないから」などの理屈で、状況を把握しようとせず、報告しようとしなければ、会社が感じるべき情報が一部欠落してしまいます。このように、会社のリスクセンサー機能を果たすのは、一部の従業員ではなく全従業員なのですが、この機能を果たすために重要なのは、全従業員がそれぞれの立場で気づくべきリスクに気づき、報告する、ということです。そして、この「気づき」「報告」は、強制する場合よりも、自発的に行う場合の方が、一般的に精度や継続性が高いように思われます。
 この意味で、従業員に対して義務付よりも動機付けを重視する方法には、合理性があります。
 次の注目点は、経営者の役割です。
 ここで松下幸之助氏は、経営者でありながら、管理職者や役員に任せるだけでなく、自ら教育に一役買って出ています。取引先にしろ管理職にしろ、大経営者である松下幸之助氏にこのように話をされれば、「たしかに、商品=お金を生むものとして、大切に扱わなければ」という気持ちになる人が、かなりの数で出てくるでしょう。
 もちろん、人材教育や取引先の教育は、それぞれ人事や営業のすべき業務であり、積極的に任せるべき業務というべきですが、だからと言って、要所では自ら教育に乗り出すべきです。それは、人材教育は後継者の育成や能力の向上など、目に見える部分での会社の能力だけでなく、企業文化や風土など、目に見えない部分での会社の在り方まで影響するからです。
 このように、経営者自らが、「商品=お金を生むもの」とアピールすることは、従業員の意識を高め、しかも単なる人材育成の問題にとどまらず、企業文化や風土の育成まで含めた政策として、合理性が認められるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、「商品=お金を生むもの」という発信を自ら率先して行う経営者について、評価の在り方が難しいことを理解できます。
 つまり、一方で、人事や営業をいつまでも自ら先頭に立って走っているようでは、組織の大きさや能力に限界が所持てしまいますが、他方で、ここでの松下幸之助氏の講演のように、肝心な場面では自ら講演を買って出るようでなければ駄目です。
 このように、経営者に求める資質は、このような発信を他人に任せられないといけないし、しかし、全て他人任せでも駄目、ということになり、何をすべきか、という行為規範から資質を判断することができない、ということになります。
 振り返れば、経営者には経営を託し、全てを任せるものですから、何をすべきか、という行為規範によって評価すること自体が間違いです。
 むしろ、会社組織や会社経営のために、今は自分が口を出さずに任せる状況である、今は逆に自分が前面に出る状況である、という判断ができる、という能力に着目して評価するべき問題なのです。
 その意味で、経営者自らが従業員や取引先が持つべき心がまえを話すること自体の良し悪しではありません。状況に応じて、そのように判断できる能力の方が、問題なのです。

3.おわりに
 お金と同じように商品は大事なのだ、むしろ、商品こそがお金を生みだすのだ、という言葉は、製造業の誇りを感じさせる言葉です。日本の産業界の基盤を自ら気づき上げてきた松下幸之助氏の自負を感じる言葉です。
 上記のような会社経営の問題として見るだけでなく、日本産業の問題として見ても、非常に興味深い問題提起ではないでしょうか。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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