栖道

物書き。小説家デビューを目指して邁進中。おいしいものを食べ、お酒を飲んでいる。読書と観…

栖道

物書き。小説家デビューを目指して邁進中。おいしいものを食べ、お酒を飲んでいる。読書と観劇とかっこいいお姉さんが好き。ここでは日記やら作品やらごった煮で。

最近の記事

追憶の海 後編

前編はこちらから→★ 「ここ、ですか?」  アイラが思わずそう言ったのも頷ける。二人はひどく悪趣味な屋敷の前に立っていた。デッドエンドは奥に行けばいくほど、荒んでいくというのにこの屋敷(というのが正しいなら)だけは法則から外れ、ひどく異質な存在としてそこにあった。  2mは超える金色に輝くのロダンの考える人の像が二体、門の両端に鎮座している。以前ケイが来たときはこの像はなかったはずだ。門は鉄でできた豪奢なゴシック様式。この趣味の悪さがわかるだろうか? 合っていそうで全く合

    • 追憶の海 前編

       大学四回生。卒業。  この単語からあなたは何を思い浮かべるだろうか。  卒業旅行で惑星周遊? ……残念、あいにくそんなお金はありません。  それとも、四月からの職探し? ……それもハズレ。幸いなことに職は見つかりました。某企業こんな俺を拾ってくれてありがとう。どうやら社会に見捨てられずに済みそうです。  職も見つかり卒業も確定し、時間を持て余した世の学生のやることは一つしかない。  無論、アルバイトである。     * 「あー、……ヒマ」  思わず口をついて出た言葉に、

      • 真昼の夏の夢

         わたしはぽっかりと目を覚ました。  目を覚まさなければならない、と身体がわかっていたような予定調和の覚醒であった。  ここは、実家の和室だ。  どうやら眠っていたらしい。  ひんやりとした冷気が流れ込んできてわたしは腕をさすった。  さっきまでは照りつけるような陽ざしが降り注いでいたはずなのに変だな、と思って庭に目を向けたわたしは自分の目を疑った。 「霧?」  縁側からスニーカーを履いて、庭に出ると霧が辺り一帯に立ち込めて白く視界を覆っていた。  街中で霧なんて出るのだろう

        • 龍の男

           春だ。  桃、白木蓮、木瓜、花海棠、躑躅、牡丹。  木々が芽吹き、花が咲く。宮中が一年で最も色に溢れかえる季節だ。  朱色の太鼓橋を渡っていた龍准(りゅじゅん)は橋の真ん中で足を止めた。欄干に手を置き、眼下に広がる雲海を眺める。太陽の光が雲に反射し、その眩しさに思わず濃紺の瞳を細めた。宮廷は太陽にも近いため、ずっと見つめていると照り返しに目を痛めるので注意が必要だ。  視線を反らそうとした時、視界の端でたゆたっていた雲が大きく蠢いた。何事かと注視していると、巨大な白い塊が雲

        追憶の海 後編

          とある男女の会話 その弐

          「きょうの晩御飯は、豚汁です!」 「おおー、豚汁」 「豚汁の具に何を入れるか戦争ってあるよね」 「それはずいぶん平和な戦争だな」 「お雑煮然り、味噌汁然り、汁物の具って家庭の色が出るからね。家庭の味って、もはやその国の伝統みたいなもんだよ。だからさ、夫婦間の食の好みの違いってのはさ、国家間の対話がうまくいくかいかないかの重大局面だと思うんだよね。さーてさて、というわけで我が国の豚汁は何が入ってるでしょう?」 「そんな国家レベルの争いだとは思わなんだが……えーと、豚肉、里芋、人

          とある男女の会話 その弐

          黒蛇

           視界が、白一色だった。 「よおし、いいぞ」  瞳に当てられていた光が消え、蘇芳は視界に色がつき始めるのを待った。  やがて色が戻り始めると、視界に飛び込んできたのは手のひらほどの長さの細い木筒を振りながら満足げに笑っている男の姿だった。 筒の先からは白い光が伸びている。  いま蘇芳の目に当てられていたものだ。 「いい出来だろ、これ。この先端を回せば油と火打石がなくても明かりが灯るんだ」  そう言って男が木筒の先をひねると光が消えた。もう一度ひねれば光が点く。 「作る手間を

          有料
          300

          【絲斬り蘇芳】 言の葉の滴

           西の都から離れた揺葉(ゆるは)の集落にその娘はいた。  標高険しい山の斜面には青々とした茶畑が段々と連なり、そして畑に寄り添うようにして点々と民家が並んでいる。  ここら一帯は茶葉の産地として有名で、住民たちは茶を栽培して売ることで生計を立てていた。  その茶畑のひとつで、照りつける陽ざしの下、笠を被ったひとりの少女が着物の裾をたくし上げ茶摘みに精を出している。  指先につけた剃刀で新芽を刈る手つきは慣れたもので、手際よく芽を摘んでは腰に括り付けた籠に入れていく。 「おー

          【絲斬り蘇芳】 言の葉の滴

          【絲斬り蘇芳】 序幕

           縁(えにし)。  人は両手に多くの絲を持ち、その時々の決断に拠って一本の絲を選ぶ。  どの絲がどこに行き着くかは誰にもわからず、人は戸惑いながらも絲を手繰り寄せ、伝いながら途を歩く。  つまり、縁とは絲の先、因果を示す。  生があり、死があるように。出会いがあり、別れがあるように。  何事にも原因があり、結果がある。螺旋のように巡る因果の交差する先に生まれるのが縁である。  因果の絲は万物すべてに宿る。  この世を形作るものにも、この世ならざるものにも絲は宿り、万物すべての

          【絲斬り蘇芳】 序幕

          お久しぶりです。Twitter再開してみました。徒然、文章やら小説やら140文字ショートショートやらつぶやいています。よろしくお願いします🙇‍♀️ https://mobile.twitter.com/sudohh

          お久しぶりです。Twitter再開してみました。徒然、文章やら小説やら140文字ショートショートやらつぶやいています。よろしくお願いします🙇‍♀️ https://mobile.twitter.com/sudohh

          短編小説 終宵の音

          鬼が、人の屍肉を喰らいにくるという。 男は荒々しく障子を開けて、室に入った。 着物を着流した壮年の男である。無精髭を生やし、酒を飲んでいるのか足取りがどこか覚束無い。そんな男の腕には年代物の「琴」が抱えられている。 月のないとっぷりとした夜である。 室は、冷えきっていた。 燭台の蝋燭がぼんやりと室内を照らす。 六畳の部屋には布団が敷かれており、その上に先客がいた。 白装束、顔には白の打ち覆い。 黒髪が豊かな女である。──いや、女だったものである。 既に、息はない。 男は布

          短編小説 終宵の音

          とある男女の会話

          「もーいーくーつねーるとーおーしょうがつー」 「もう、年明けてるぞ」 「まだ寝てないからお正月じゃないんだな」 「アホ、紅白見て、ゆく年くる年見て、除夜の鐘聞いただろ。ほら、あけましておめでとうございます」 「むぅ」 「何が、むぅ、だ。ほら、ちゃんと言えって。こういうのは形から入らないと」 「……あけましておめでとうございます」 「はい、よく出来ました。今年の抱負は?」 「美味しいものをたくさん食べる!」 「……お前らしい答えだ」 「何か文句あんの?」 「いんや」 「じゃあそ

          とある男女の会話

          花椿

          ―――生きて生きて生きて生きて生きて生きて生き続けても所詮この世は生き地獄。  じゃらんじゃらんと弦を荒く強く弾いて彼女の歌は終局を迎えた。美しい細工が施された高価な琵琶をまるでごみのように放ると、彼女はそのまま気だるげな所作で流れ落ちた髪をかきあげた。  白い肌が暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる。女は深い黒の瞳をぐるりと回しこちらに向けた。その動きは人というよりもまるで獣のようで。彼女の赤い唇がぎゅうと弧を描く。うふふ。溢れ落ちる鈴の声は部屋の壁にぶつかってぐわあぁんと何

          泡末を浮かべて

          仄かな照明にグラスの淵が照らされている。 甘蜜色の液体が君の喉に消えていくのを眺めながら、 僕はグラスの滴を拭った。 想いも願いも一つの小さな気泡でしかない。 泡末のように浮かんでは消え、また浮かんでいく。 浮かべては、消して、その繰り返し。 君も僕も、一人で歩いていく。 違うところを向いて、 でも手を伸ばせば君は僕の手を掴んでくれるだろう。 僕がそうするように。 共に歩むわけではない。 君は太陽を見て、僕は月を見ているかもしれない。 ただ、僕は君の声を聞き逃さない。

          泡末を浮かべて

          ひゅるり、ひゅるりと戸の隙間から風が入り込む。 「ーー虎落笛か」 男は着物の上に半纏を羽織るとぶるりと肩を震わせて戸を締める。炊事洗濯にもようやく慣れてきたが一人で越す冬は久しぶりだった。女房が逝き、この家も広く感じる。 「寒い冬になるな」 男は淋しげに呟いて囲炉裏に火をくべた。

          ひゅるり、ひゅるりと戸の隙間から風が入り込む。 「ーー虎落笛か」 男は着物の上に半纏を羽織るとぶるりと肩を震わせて戸を締める。炊事洗濯にもようやく慣れてきたが一人で越す冬は久しぶりだった。女房が逝き、この家も広く感じる。 「寒い冬になるな」 男は淋しげに呟いて囲炉裏に火をくべた。

          喪ったのだ。全てを根こそぎ奪われて、残ったのは脱け殻のような私ただ一人。光は遠く、闇が纏わりつくばかり。絶望は人を盲目にし、希望は未だ見当たらず。 ある日、伸ばした指先に一羽の鳥が舞い降りた。蒼穹をくり抜いた青鳥は闇を切り裂きぐんぐん前へ進んでいく。歩けと、止まるなと囀り続けて。

          喪ったのだ。全てを根こそぎ奪われて、残ったのは脱け殻のような私ただ一人。光は遠く、闇が纏わりつくばかり。絶望は人を盲目にし、希望は未だ見当たらず。 ある日、伸ばした指先に一羽の鳥が舞い降りた。蒼穹をくり抜いた青鳥は闇を切り裂きぐんぐん前へ進んでいく。歩けと、止まるなと囀り続けて。

          溶けて、消えてなくなればいい。この想いも全部。氷のように冷たい心を貫ければいいのだけれど、結局陽だまりのようなあなたの側は心地よくて私はぐずぐずになってしまう。溶けて、溶けて、流して、流れて、そうすればこの塗り潰された気持ちも透明なものになるだろうか?

          溶けて、消えてなくなればいい。この想いも全部。氷のように冷たい心を貫ければいいのだけれど、結局陽だまりのようなあなたの側は心地よくて私はぐずぐずになってしまう。溶けて、溶けて、流して、流れて、そうすればこの塗り潰された気持ちも透明なものになるだろうか?