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黒蛇

 視界が、白一色だった。

「よおし、いいぞ」
 瞳に当てられていた光が消え、蘇芳は視界に色がつき始めるのを待った。
 やがて色が戻り始めると、視界に飛び込んできたのは手のひらほどの長さの細い木筒を振りながら満足げに笑っている男の姿だった。 筒の先からは白い光が伸びている。
 いま蘇芳の目に当てられていたものだ。
「いい出来だろ、これ。この先端を回せば油と火打石がなくても明かりが灯るんだ」
 そう言って男が木筒の先をひねると光が消えた。もう一度ひねれば光が点く。
「作る手間を考えなければね」
 蘇芳は男の何度目かわからぬ自画自賛にうんざりした様子で言葉を返す。
 海で集めた夜光虫の核を取り出し、特殊な薬剤で固めて筒の中に込めて、別の薬剤と反応させることで強い白光を出すそうだ。
 夜光虫は青い光なはずだが、詳しい仕組みを説明されても理解できないのは明白なので何も聞かないことにした。作る工程の煩雑さと手間を考えるなら火打石の方がよほど効率的だと思う蘇芳である。
「で、どうなんだい、椎名」
 蘇芳が訊ねれば、椎名は難しい顔をした。
「よくないな。進んでる」
「そうか」
 残念な結果だと言うのに蘇芳はなんでもないことのように頷いただけだった。自分のことよりも囲炉裏の火を囲んで差した鮎の焼き加減の方が気になるようだ。
「なあ、まだ焼けないのか?」
 それに呆れるのは椎名の方だ。
「まだだって言ってんだろ。何秒おきに聞けば気が済むんだよ。それよりわかってんのか? お前はもうちっと自分の身体を大事にしろ」
「ビクビクしてたら進行が鈍くなるというわけでもないだろう」
「そりゃそうだが……、お前は目を使いすぎだ! 使えば使うほど悪化するんだ。そのうち境目がわからなくなるんだぞ」
「そうして、発狂する、と」
「……そういう例も文献には残ってる。だから、無理はするな」
 囲炉裏に伸びる手をピシャリと叩きながら、椎名は憮然とした表情でつぶやいた。



 蘇芳の瞳はこの世あらざるものを見ることができる。
 妖、獣、魂魄……呼称は様々だ。現世に在ることができないもの(たまに現世にまで顕われるくらい力を持ったものもいるが)をその瞳に映し出すことができる。
 だが、この世あらざるものを含め、万物すべてが逆らえぬ理がある。
 理は、絲と呼ばれる。

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