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民藝旅 vol.2 沖縄 \もっと知りたい与那国織/


曇り空を抜けて、爽やかな風がそよいだ。

ゆりこさんはランチを食べたあと、与那国町伝統工芸館にいるお友達に電話をしてくれた。その方が機織りの様子を見せてくださるそうだ。

懐かしい学校のような二階建の建物の玄関をくぐる。
下駄箱の上に、与那国織物の年表が掲げてあった。

確認できる最古の文献は、1477年の朝鮮漂流民の見聞録「李朝実録」か…
(※後日、国会図書館で文献を調べて追記しますね)


「琉球王朝時代は貢納布として盛んに織られる」
献上品という事は、→上流階級向けの高い技術があったんだろうな。
(納税させるために誰かが指導したんだろうか…)

戦前の記録はほとんどない。

(与那国島は第二次世界大戦中、アメリカ軍による空襲で、久部良と祖納の集落が焼けてしまった。ゆりこさんは3歳だったので、当時の様子はわからないそうだ。)

あとで、ほかの織女さんも訪ねて、昔の様子をインタビューしてみよう。



*  *  *




「ああ、いらっしゃいー」


ゆりこさんのお友達が、機織りの様子を見せてくれた。

カタン、シュッ、パタンパタン。

エレクトーンピアノのような、足元の踏み木を踏み、横糸を通し、
筬(おさ)を手前に打って糸の目を詰める。



一本の糸が凸凹になって、凸凹が模様になって、模様が布になっていく。
2年前に編み始めたマフラーがまだ完成しないもじゃもじゃにとって、奇跡に近い根気強さ。




続いて、糸を染めるカマドを見せてもらった。
(ゆりこさんが染めるときは、薪で炊いていると言っていた。)

与那国織のパターンを作って、絹や木綿を染めて、織って、洗って、
先端に針がついた棒で、ピン!と布を張って乾かす。




そして、織り目など間違いがないか「検品」が行われ、合格すれば「与那国伝統織物協同組合の証」がつき出荷される。

しかし、合格できなければ、反物としては売れない。厳しい世界。

12m 80cm の反物を作るのに、一生懸命に織って、約2ヶ月。
織子さんに入る収入は、20代後半サラリーマンの1ヶ月分のお給料くらい。
しかし、東京での販売価格は90万円だったと、ある織女さんが教えてくれた。

批判を恐れずに正直に言うと、織女さんにもっと収入が入るべきだと思った。

高い技術とセンスが必要で、肉体的にも忍耐が必要な仕事。
生活を支えられないので、織仕事から出て別の仕事をしている人も多いそうだ。

(伝統工芸に指定された補助は、最初の1回だけ。それで織機を増やしたそうだ。それ以降は国からも町からもサポートはないとのこと。)




*  *  *


「かわいいタータンチェック!」

いやいや、これは与那国島の伝統的な木綿織物「ドゥタティ」。
藍と黒のチェック模様。さらりと軽やかで、肌触りもいい。
大切な人にシャツを仕立てて贈りたい…なんて妄想に、頭がふわふわ。

与那国ではもともと木綿を織っていたそうだ。

そして驚いたことに、東南アジアにも似た織物があるとのこと。
与那国島の織物ってどんな道を辿ってきたのかな。

東南アジアにも王国があるし、交流があったのかな。
琉球王朝と、各地の王朝との交流文化…ロマンチック!

(専門書を読まなきゃ分からなさそうなので…いつか追記したいです。)





与那国草木染め&パターン見本

お待たせしました!


与那国織は、島の植物から染料をとり、媒染させて鮮やかな発色を出しています。絹糸の見本が展示されていたので、みなさんと視界を共有します。どうぞ…!
(植物の名前をクリックすると、google imageに飛びます)


ムラサキシキブ


ガジュマルクワ


ミトゥフ(イボタクサギ)


グンバイヒルガオ


フクギ


このほか、ハイビスカスは黄緑色だったり、南国の植物染めは多彩だ。

(ちなみに、ドヤ顔で「媒染」なんてカッコよさげに言っているけれど、インタビュー時は「焙煎」と勘違いしていた。「糸を煎るとこんな色になるんですね!」織女さんたちのポカンとした顔と爆笑は忘れない。ごほんごほん。)




続いては、与那国織のパターンの一部を…どうぞ!

与那国島の帯


ドゥタティ(綿織物)








ご覧いただいたように、与那国織は花織のパターンが豊富でかわいい!
また、色合いによってイメージが全然違うことがわかる。

ゆりこさんの織物センスはフレッシュなんだな…

(ゆりこさんが参考用にハギレをくれた。かわいい…)



*  *  *



日本最西端の島に、こんなにも上質な織物があるなんて、びっくりした。

「苦労は同じなのに、木綿と絹とでは入るものが全然違う。」という話を聞いたので、経済的な理由で絹織物が高級品として洗練を極めた結果なのかもしれない。

後ほどわかったのだけど、与那国で養蚕をしていたのは一部のおばあちゃんのみで、絹を大量に生産していなかったそうだ。


よって、柳宗悦先生が沖縄を訪れた1938年〜1940年にかけての与那国織は、模様は同じであっても現在とは別物だった可能性がある。

ここで、柳宗悦先生の「蒐集物語」から一部抜粋してみよう。

その古着市を見た途端、私の目は輝いた。殆ど全てが純粋の沖縄のもので、何もかも手織、草木染のものではないか。島で作られたものである限り、一つとしていやなもの、俗な品、まがいものは無いのである。

沖縄の織物は、戦前であっても質の高いものだったそうだ。加えて…

絹もの麻もの木綿もの、それに芭蕉布、初めて見た桐板(とんぴゃん:蘭科植物の繊維)など様々な材料である。それも縞ものや絣、それを合わせたような手嶋、絽、花織、ろうとん織等々。その絣には、分けても美しい色絣が見られる。首里のものを上位とし、那覇のもの、読谷山のもの、今帰仁のもの、大宜味のもの、それに久米島のもの、八重山と宮古のもの、産地の異なるに連れて、各々その特色を欠かない。

どの島かは書いていないけれども、八重山の織物についても褒めている。もしかしたら、与那国島の織物も集めたのかな。
日本民藝館に収蔵品としてあるか、聞いてみようか…な…
蘇るトラウマと反省



*  *  *


ひとりぼっちで絶望した朝、与那国織のゆりこさんとの出会い、与那国町伝統工芸館の見学…想像を超えてお腹いっぱいの1日だった。

ゆっくりと宿に向かう途中、那覇にいるうぶる作りのふみえさんからお電話が来た。



大満足で幸せいっぱいの青空から、悲壮感を背負う夕焼けに、景色が一変。
人生は、そううまくいかないものさ…

うすいさちよ28歳独身様と同い年になってしまった己に気がつき、ため息交じり。買ってきた缶チューハイを全て飲み干した。


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明日は\原付🛵与那国島探検/をお届けします。
お楽しみに…!

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コメント2件

流し読みしました。
Catarina bassさん、お読みいただきありがとうございました!コメントがあると、とても嬉しいです^^
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