白井健康

未来短歌会彗星集 所属

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あめ、をしつつ、終える

分割されない瞬間、ひとつのトポスに、あめ、を見聞きし、た。ひとつの尖鋭な瞬間の、あめ、を生きたのであり、あめ、を、分割不可能な瞬間を物語る。あめ、と発語する<とき>、「あめ」は分割されない、と思われた。しかし、「あめ」の発語を可能する瞬間に、「あめ」の発語によって「あめ」が破壊されたのだ。「あめ」、「あめ」、「あめ」、、、、と反復する。反復によって「あめ」は「あめ」の外へと引き出され、「あめ」は「あめ」、によって分割される。「あめ」が破壊されつつ、「あめ」が降り続ける。 〈

    • う、み、

      はは、は、ゆばりの、のちにいる、(のです。エピローグはすでにうみ、を失い。 はは、は「のち」にいるのです。 遠州灘へ、すなわち、ははの「ゆばり」が、はは、に先立ち「のち」の「うみ」、を希釈する。 はは、のエピローグを開始するため、その背後に展開する胡乱な出来事が錯綜する。「うみ」、へ回帰するために、細く曲がる槙の木の道、のさきへ、防潮堤に遮られ、「うみ」、を失いました。「はは」のうみ、は生き残るにも生き残れずに、死んだテクスト、ふたたび、「ゆばり」の向かう「うみ」、は「はは

      • は、は、の、う、み「が、

        はは、は、ゆばりの、のちにいる、(のです。エピローグはすでにうみ、を失い。 はは、は「のち」にいるのです。 遠州灘へ、すなわち、ははの「ゆばり」が、はは、に先立ち「のち」の「うみ」、を希釈する。 はは、のエピローグを開始するため、その背後に展開する胡乱な出来事が錯綜する。「うみ」、へ回帰するために、細く曲がる槙の木の道、のさきへ、防潮堤に遮られ、「うみ」、を失いました。「はは」のうみ、は生き残るにも生き残れずに、死んだテクスト、ふたたび、「ゆばり」の向かう「うみ」、は「はは

        • し の はまな の 虚構

          〜の可能性が構造化を促すという脱構造化によって、その「断裂」によって、断裂が不明瞭となる。書くことなく書き続ける、存在することなく存在する、つまり、〜ことなしに、でもなくでもない、署名しない署名に、もしかしたら、到達しえない(しうる)湖面への一歩、キルゲゴールの質的弁証法の彼方の、乗り越えられない思いが、生なき生が、は、ま、な、の法にの則り、中和するために、その中和のなかで始まったりしなかった終わりのない、誠実さを無効にはしない、だろう。 書くことができない書くことなく書き続

        あめ、をしつつ、終える

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        • 詩歌
          60本
        • 短歌
          51本

        記事

          う、み、の、レ、シ、列、死

          う、うみ、は、うみのシニフィアンは、死ぬしかないはは、は、は、が、死ぬのではなく、ふたりが死ぬ、う、み、の、う、み、へ、死ぬ瞬間、に、死な、ず、死は死ぬことを妨げ、は、は、は死なず、テクスト、の、なかへ、回帰死、翻訳不能の、ま、ま、うみ、が、うみ、であるまま、の、(虚偽の、うみ、のように、反響する、その、軽さ、の、感情、が、未だに待機しては、 時間のしるし、が繁殖、スル、ことば、の、持続、非ー持続、が、あるいは死が、「につつ」、の、待機(どれほどの時間が過ぎたのだろう、レ、

          う、み、の、レ、シ、列、死

          ことば、が発語されうる

          いま発語されようとすることばが、いま発語されたことばと出逢う、、、、 先取りとしてのことば、それは発語されようとすることば、が発語されたばかりのことばと出会う。そのわずかな時間わずかな差異に、発語されうる、されなければならない、予想される、必要とされる、限りにおいて、ともに出会うのです。ことばは、発語されようとする瞬間に、発語されるのです。発語されるうる限りにおいて発語されたばかりなのです。そうして、ことばは自らに出会います。ことばが自分自身と出会う、この必然的かつ不可避的な

          ことば、が発語されうる

          うみを埋める(未來結社誌2024年1月号)

          ちちのうぶげがうみを素描する と、しゅうぶんの伸びきったいっぽんのさき/が、エクリチュール しろく椅子まではこばれるひとですから、と 座礁する/すぐにでも離職したかったけれど、わずかな金しか持ち合わせがなかった/よいうみであった。惣菜を小分 けしてタッパーに保存してもらうつもりだ/今日のぶん、明日のぶ んと、減らしては 悲に悲にテクストは蕩けてゆく/米粒とひらかない蕾を並べなおして、取り戻すようにみえた。             どうにも壊れるしかないはじまり に「わたしは」

          うみを埋める(未來結社誌2024年1月号)

          明けましておめでとうございます。

          能登の震災、明るくなって地震による災害が明らかになるにつれ、街が壊れた映像は心が痛むなぁ。 オレは時々大学の頃の街の風景を思い出すことがある。今思えば、本当に当時は行動範囲が狭かったんだなぁと思う。まぁ金もなかったし、大学の南側なんてほとんど行ったことないし、是政駅を降りてすぐ南側に多摩川があることも最近になって知ったし、記憶は脈絡のないスナップショットのようで、まだ充分に成人になりきれていないオレにとって、当時見た風景のゆらめきがずっと死ぬまで残る。きっと大学卒業以後の自己

          明けましておめでとうございます。

          〜<非=いま>の侵入(未来結社誌2023.12月号)

          プラスチック片ほろほろと猪鼻おき、の生きてるうちに記号を変え る可わる/とれたてのてにわたる風わかれくぐりぬけて、「けて」 の風、なりきってない/発情期のネコが鳴いていていい草原だから おしひら可ないよう/指でかくはんする牛乳へと眠たさをおくりこ んでは 染めむらが目立つ/後方から頭髪を おし黙るしかない みずのかえしがおそくなる つなぎとめる唇 より細く削るまでも なく 吃音は<原=エクリチュール>のかぜおと まだ終わりませ んから 取り繕うまでもなく逸れてゆく パロールの

          〜<非=いま>の侵入(未来結社誌2023.12月号)

          代理されるわたくし

          「詩を書く」という所作が現前の再現前化(代理)だとすれば、ことばの再現前化は、わたしの心情の再現前化でもあるはずだ。<意味するもの>と<意味されるもの>の差異の明証性とその結果のなかにわたしを置くこと、すなわち詩(=差異の結果を産出する運動)は、差延の運動でもあり、<代理するわたくし>による<代理されるわたくし>の再現前化、わたくしによるわたくしの対立でもある。ここに、<代理されるわたくし>は、<代理するわたくし>の隠喩だという概念が見出される。 囲まれた部屋にてうおはふた

          代理されるわたくし

          差延についての概念

          「サ」と発音したわたしの声をわたしが聞く。「子音+母音」で成り立っている単語は「S」という音に遅れて「a」の音が発音される。これ、デリダの差延の概念に似ているのではないか。母音はいつもほんのわずかに遅れてわたしの耳に届く。 母音は内耳にまで侵入する。耳に届けられ、それは郵便空間のように内耳で複数のセリーとリズムとなって衝突をする。ときに「内耳性めまい」が生ずるのだ。「サ」の記号を「サ」の音として認識する脳に一番近い内耳で響く音がめまいを起こす。「内耳性めまい」とは、リズムの衝

          差延についての概念

          決して現在になることのない未来のなかで

          マリのうまはしなやかにみずをはかっては蔓のさきへと羞恥を尖らせ、しろく熟したウリ科の性器が折れ込んでいるのを見出したが、半球の島々へと漕ぎ出すとき波の期待を調律することもなくなり、音叉はつぎつぎに感動を喚び起こす。露を媚びるような朝、うっかりして充血したまま粘膜が甘い動物臭を発散するので、とりの囀りはカーテンそのままに長く風向きが変わるまで競走馬のたてがみよろしく終わりたがらない。自由の選択によって全部から抜き出してきた記憶は、日向へ晒すまえの黒髪の束、他のひとよりも多くの湿

          決して現在になることのない未来のなかで

          ミツバチの眸のなかうたいだすうま

          「対自トハ身体ノ仕上ゲデアル」(『知覚の現象学2』p338)/然シ アルトキハ〈自〉ヲ欠ク/(カラダ)の洞(ウツロ) つうおん装置へと踏み迷う テクストは既に書き込まれ「ボクタチハ、コノ街(コノ詩)ニ住ンデイル」) いっとうにとうよんとう ウマをじじょう(二乗=自浄)しながら 以前にもまして 反復(=詩)はわたしから逃れるための邪(ヨコシマ)なナイフ、「花そう 破投そう 波るかす流」 みずなつへと (唐突に繋げる)「砂嘴(さし) さしあし さしぐみ 差乳 刺し合う」 いまだ実

          ミツバチの眸のなかうたいだすうま

          播種

          かさならない、ひとつの模倣可能態 が、署名であって 反復を繰り返し くびきが揺れる と、うまをめざし  て外出する、うまになることの迂回  「いいえ」から始めるしかないが、  まったきあなたの責任でしかない          あなたのひろがる火がこわい 「はい」と穴のさきで炎を伸ばす  狂わないのは刻みではなくときだ (と、落人の逃げるあしもと、の あかい記号のまま終うことを 行 きつかない思考しろとりは集う 交差点から駅へ向かう夢をみた 屈んだなつに触れさせてみるが し

          ロゴスのそと

          <されるうみ><するうみ>ふたつを皿にのせロゴスのそとへ(ははは還るも) ソシュールによれば、記号の差異は容器(コーラ)の中の無数の風船としてイメージされます。記号の価値は風船の大きさと形、そして隣接する風船の圧力によって決定されます。しかし風船には実体がありません。そしてひとつの風船を外すとその存在はなくなってしまう。風船(=記号)とは一定の場所(コーラ)に与えられる名前なのです。人のいのちもこの風船のようなもの、ひとつの記号(エクリチュール)としてイメージされます。 で

          ロゴスのそと

          はじまらなかった終わりに(未来結社誌2023.11月号)

          濡れたふうけいがいろを増すようもりの石をしずめては クロウリ  道のない水息に馬を追う「つる巻き」という論文のはじめに を四等分八等分と切り分ける 方法の笑み くちびるが音読をする  情念につかえる手段、として回転する記号の図式(シェマ)をえがく 三日月は狭められた窓から わずかな直線の正しさよりもおわりに  眠りにつくもりを犯しながら穴をうめる馬 の、デッサンの続きに あらぬ方へと曲がりたがる 脇から背中へ ひらがなの耳ざわりを  あたしの耳を噛んでって 汚れるわ熱があった

          はじまらなかった終わりに(未来結社誌2023.11月号)