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百卑呂シ随筆

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2024年2月の記事一覧

悪筆の原因

 子供の頃から字が下手で、親からは何かにつけて「もっと丁寧に書きなさい」と言われてきた。  しかし丁寧にゆっくり書いたって「丁寧に書いた下手な字」が出来上がる。どっちにしても下手くそだったら、ゆっくり書く分じりじりする。それでいつもなぐり書きで済ませていた。  自分の悪筆には二つ理由があった。  その一つが「整った字の書き方を知らない」ことである。  最近になってようやく気が付いて、YouTubeで美文字の動画を見ながら真似をしていたら幾分ましになった。  全体、何かができ

恥ずかしい争い、不吉なヴィジョン

 小三の時にガンダムが流行りだした。  特にプラモデルの人気が高くて、どこの店もすぐに売り切れる。そのうちに、どこそこの店は水曜日に入荷するといったような情報が流れ始めたけれど、あんまり当てにはならない。  300円のと700円のがあって、小学生の小遣いだとなかなか700円の方には手が出せない。たまに見つけても700円の方だったりして、幾度か随分口惜しい思いをした。  ある時、学校で友達3人が何だかヒソヒソ話をしているので、寄って行ったら「百君はちょっとあっち行っとって」と

夜走る

 小学生だった時分のこと。  祖父母宅を出てじきに、帰ってから食事の用意を始めたのでは遅くなるからと母が云い出して、近くの料理屋へ入ったことがある。  昔のことだからあんまり判然しないけれど、県病院前の『かなわ』という店だったと思う。  カウンター席の他にテーブルが二つか三つくらいの小さな店で、店内のテレビで野球の中継をやっていた。前々から見知ってはいたが、実際入るのは初めてで、何となく、母はこういう店は好きではないだろうと思った。  父と母と妹と、そこで何を食ったかは覚え

廃屋を覗く

 通勤ルートにしている、例の不可解な黄色い回転灯の一帯に、古い廃屋が一軒ある。  江戸時代から残っているような立派な屋敷だが、車からちらっと見るだけでも随分荒れているのがわかる。  塀の一部が崩れていて、不届者が勝手に入らないようロープを張って「立入禁止」の札が提げてある。  元の住人はこの辺りの有力者だったに違いない。郊外の閑静な地域で、別段不便もなさそうなのに、全体どうしてこんな立派な家屋敷を打ち捨てたものだろうか。  そんなことを考え出したら、自分の脳内に異様な光景が浮

地獄の実

 中学校が家から遠かったから、最初のうちは登下校の際に「今から歩いて行くぞ」という覚悟が要った。  通ううちに段々そんなものは要らなくなって、特に帰りはその時の気分で回り道などもするようになった。  ある時、初めての道を探検気分で歩いていると、よその家の木に赤い小さな実がついているのが目に付いた。  何の実だかは知らないけれど、随分美味そうに見える。  まだ子供の時分でもあり、一つ取って食べてみた。すると、見た目と裏腹にこの世のものと思えないほど渋くて苦い。急に口の中が地獄

珈琲と天ぷら

 時折、車で出勤中に信号待ちでうとうとしてしまい、後ろからクラクションを鳴らされることがある。びっくりするしそもそも危ないから、そういう時はコンビニに寄ってコーヒーを飲む。  コンビニの人には悪いけれど、あのコーヒーが美味いとはあんまり思わない。冷静に味わってみると全然コーヒーの味ではないような気もする。  それでもなんとなくコーヒーを飲んだ心持ちになるのは、茶色くて苦い液体を飲むと「コーヒーを飲んだ」と認識するシステムがこちらの脳内に出来上がっているせいだろう。  だからコ

手書きの書簡

 職場に届くダイレクトメールで、立派な封筒へ宛名を手書きされたのがたまにある。  そういうのは開けてみると中身もやっぱり手書きで、DM一つに随分手間を掛けるものだと感心するけれど、肝心の内容は画一的で別段興味も惹かれないから斜めに読んで捨ててしまう。  もっとも、内容が刺さるかどうかはタイミング次第だから開封させただけでもダイレクトメールとしては合格だろう。  今の職に就く前は製造派遣・業務請負の営業をやっていた。  まずはメーカーの担当者にダイレクトメールを送ってから電話

七色の怪光線

 娘が修学旅行の写真を持って来て、校長先生が目からビームを出しているから見てくれと云う。  そんなバカなことがあるものかと見てみると、果たして眼鏡に光が反射しているだけだった。それでもビームを出す前に力を溜めているところだと云われたら、なるほどそんなふうに見えなくもない。  この校長には修学旅行説明会で会ったけれど、声が小さくて何を言っているか一向聴き取れなかった。  きっとやる気がないのだろうと思っていたら、最後にそれが校長だとわかった。それであんな様子でも校長になれるもの

回転灯の怪

 たまにいつものルートを外れて、狭い小路を通って出勤する。  小路をしばらく行くと、腰高の支柱に黄色い回転灯が付いたのが五メートルぐらいの間隔で両サイドに並んだ区域がある。  一度回転灯を数えてみたら片側に二十個あった。だからその区域は百メートルぐらいある計算になる。  一体あの回転灯は何だろうかと思いながら過ごしていたけれど、たまたま同じ職場の八田君がその辺りに住んでいると知って、ある時その話を振ってみた。 「ああ、あの道ですか。回転灯がいっぱいあるでしょ?」 「そうだね

カサコソお化け

 このところあんまりいい流れではない。どうもめでたくないことが重なって起きている。目のことだってそうだ。  ことによると自分がYouTubeで実話怪談ばかり観ている(聴いている)せいかも知らんと思い、試しに暫く止すことにした。  ここ3年ぐらい、移動中は大抵そういうチャンネルで怖い話や不思議な話を聴いていた。止してしまうと途端に観るもの聴くものがなくなって、何だか手持無沙汰でいけない。それでもこのまま運気低迷しているよりはよほどマシだから、とりあえず止しておく。 ※  小

道具に拘る

 いつも仕事で使っているシャープペンシルが壊れた。最初に一度ノックをしたら、後は書き続けるだけで芯が繰り出されるというギミックのついたやつである。  文具愛好家筋では随分酷評されていたが、コツを掴むと大変便利で、大いに気に入っていたものだから壊れると気分が悪い。  とりあえずメーカーに修理依頼のメールを送ったら、現物を送るよう云ってきた。それで郵送しておいた。  ツールに拘る癖が昔からある。  パスタ屋時代には太さと長さが気に入った菜箸があって、ハンズへ行って私費で買ってい

臭み、こだわり、note

 最近、つらつらと昔のことを思い出して文章にするのが楽しい。きっと今が重いからだろう。  思い出話ばかり書いて何の意味があるのかと以前は思っていたけれど、今は考えが少し変わった。  意味のあるなしは読んだ人が決めればいい。こちらが決めることではない。全体、「どうだい、役に立つだろう?」というような押し付けがましいのは好きじゃない。  Alice in Chainsの楽曲みたいな、POPなわけでも鋭いわけでもなく、何だかのぺっとした感じだけれど「流れ」がある文章を書きたいと思

祭り、型抜き、オオサンショウウオ

 子供の頃、町の神社の入口脇に遠山屋があった。店舗はプレハブ小屋で、おもちゃ屋というべきか駄菓子屋というべきか判然しないが、どちらにしても子供の小遣いを巻き上げるみたいな、あんまり筋のいい店ではなかったように思う。  その辺りは隣の校区だったけれど、神社の祭りの時だけ友達と自転車で遊びに行って、遠山屋で50円払って型抜きなどをやっていた。  型抜きは、何だか薄くて割れやすいクラッカーみたいなものに溝で掘られた形を針でくり抜く遊びで、外の枠を割らずに抜けたら100円もらえるとか

緊急時、体裁、ルール

 出勤途中に便意を催し、コンビニのトイレを借りようと思ったら折悪しく個室が塞がっていた。  奥の一室は空いているが、そちらは「女性専用」と貼り紙されていたので使うわけにもいかない。  しばらく待っていると、後から来た男が何食わぬ様子で女子トイレへ入っていき、外まで聞こえる音を立ててぶりぶりやりだした。  そうしてやっぱり何食わぬ様子で出てきて、そのまま立ち去った。手も洗わないで。  残された自分は何だか面白くない。  ルールを無視したものが先に排便を済ませて去るなんて尋常で