緊急時、体裁、ルール
出勤途中に便意を催し、コンビニのトイレを借りようと思ったら折悪しく個室が塞がっていた。
奥の一室は空いているが、そちらは「女性専用」と貼り紙されていたので使うわけにもいかない。
しばらく待っていると、後から来た男が何食わぬ様子で女子トイレへ入っていき、外まで聞こえる音を立ててぶりぶりやりだした。
そうしてやっぱり何食わぬ様子で出てきて、そのまま立ち去った。手も洗わないで。
残された自分は何だか面白くない。
ルールを無視したものが先に排便を済ませて去るなんて尋常ではない。全体ふざけている。
きっと彼の中で自分は「頭の固いやつ、クソ真面目、うんこなだけに」と認識されているのだろう。そう思うといよいよじりじりしてきた。
一方、空き待ちしている個室は一向空かない。ぶりぶり音どころか、ペーパーのカラカラ音すら聞こえない。
待ち始めて既に10分経過している。ことによると中で死んでいるのかも知れない。
あるいは自分も先刻のブリブリ男のように女子トイレを使ってしまおうかと30秒ぐらい考えて、結局他の店へ行った。
十数年前、居合道の大会でやっぱり便意を催し、トイレへ行くと女子トイレに長蛇の列ができていた。みんな袴を穿いているからよけいに時間がかかるのだろう。
幸い男子用はガラ空きだったが、個室に入ろうとすると後ろから「ちょっと待ってくれ」と止められた。
見ると他所の先生が、顔を曇らせた女子を伴って入ってくる。
そうして「すまんがこの子に先に使わせてやってくれ」と言うから、どうぞと譲っておいた。
待ってる間に先生が「女子トイレが少なすぎるんだよ、なぁ?」とこちらに同意を求めてきたから、曖昧な笑みを返しておいた。
排便中に板一枚隔ててそんな話をされる女子は随分いたたまれなかったろう。
程なく、女子は小声で「すみません」と言って逃げるように出て行った。それは逃げるだろうと思った。先生は「うんうん」と満足そうに出て行った。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。