廃屋を覗く
通勤ルートにしている、例の不可解な黄色い回転灯の一帯に、古い廃屋が一軒ある。
江戸時代から残っているような立派な屋敷だが、車からちらっと見るだけでも随分荒れているのがわかる。
塀の一部が崩れていて、不届者が勝手に入らないようロープを張って「立入禁止」の札が提げてある。
元の住人はこの辺りの有力者だったに違いない。郊外の閑静な地域で、別段不便もなさそうなのに、全体どうしてこんな立派な家屋敷を打ち捨てたものだろうか。
そんなことを考え出したら、自分の脳内に異様な光景が浮かんでくる。
秋の夜、突然半裸の中国人が入ってきて、奇声を発しながら住人を皆殺しにする。最後は当主が日本刀を抜いて応戦するが、随分強い中国人で、泣きそうな顔をしながら当主に強烈な飛び蹴りを食らわせて、彼の首を圧し折った。
そうしてこの中国人は、警官隊に銃殺された。
ことによると実際に起きた惨劇の残留思念かも知れない。
そんなふうだから中の様子がいよいよ気になるけれど、立入禁止と掲示されているところへいい大人が勝手に入るわけにもいかないものだから、大いにじりじりする。
それで入るまではいかなくても、せめて外から覗き込むぐらいのことはしたって怒られないだろうと、ずっと機会をうかがっていると、先日とうとう仕事を早退することになった。
近くに車を停めて敷地の外から窺いてみたら、果たして庭は荒れ放題で建物も崩れかけている。壁土が剥がれ、艶を失くした瓦がひび割れている。
昔はきっときれいな建物だったのだろうと、在りし日の姿を思い浮かべていたら、どういうわけか懐かしいように感じられてきた。
不思議な心持ちでしばらく眺めていると、足元の草叢に携帯電話が2つ落ちているのに気が付いた。随分古いガラケーで、2つとも薄いピンク色である。きっと同じ持ち主が落としたのだろう。
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