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地獄の実

 中学校が家から遠かったから、最初のうちは登下校の際に「今から歩いて行くぞ」という覚悟が要った。
 通ううちに段々そんなものは要らなくなって、特に帰りはその時の気分で回り道などもするようになった。

 ある時、初めての道を探検気分で歩いていると、よその家の木に赤い小さな実がついているのが目に付いた。
 何の実だかは知らないけれど、随分美味そうに見える。
 まだ子供の時分でもあり、一つ取って食べてみた。すると、見た目と裏腹にこの世のものと思えないほど渋くて苦い。急に口の中が地獄になったものだから、大いに驚いてぺっぺっと吐き出した。
 家に帰り着いても、まだ口の中が気持ち悪い。数回うがいを繰り返してようやく落ち着いた。
 何だか自分ばかりが損をしたようで面白くないから、翌日級友の徳田を連れて来て「君、この実がねぇ、随分美味いのだよ」と教えて食わせてやった。
 果たして徳田も何とも云えない顔をしてぺっぺっと吐き出した。
 元来大きな目をした男だったから、目を細めて苦悶する様が随分芝居がかっている。それを見て自分は大いに笑った。
 その翌日、今度は徳田が長谷川に「君、この実がねぇ……」をやって、やっぱり長谷川が悶絶した。
「お前らぁ!」と呻くように言うのを聞くと立っていられないほどおかしくなり、その場に崩折れて笑っていたら、家の人が窓から顔を出した。
 それで急に決まりが悪くなって、制服に着いた砂を払って帰った。

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