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悪筆の原因

 子供の頃から字が下手で、親からは何かにつけて「もっと丁寧に書きなさい」と言われてきた。
 しかし丁寧にゆっくり書いたって「丁寧に書いた下手な字」が出来上がる。どっちにしても下手くそだったら、ゆっくり書く分じりじりする。それでいつもなぐり書きで済ませていた。

 自分の悪筆には二つ理由があった。
 その一つが「整った字の書き方を知らない」ことである。
 最近になってようやく気が付いて、YouTubeで美文字の動画を見ながら真似をしていたら幾分ましになった。
 全体、何かができない原因は「やり方を知らない」というのが一番大きい。大抵のことは知れば何となくできる。知ってもできないのは資質の問題だろう。

 悪筆のもう一つの原因は、左手で書いていたことである。
 日本語の文字はそもそも右手で書くようにできている。それをわざわざ左手で書くのだから無理がある。
 これに気付いたのは三十代の半ばだった。
 ちょうど居合の道場を破門されてやることがなくなったから、右手書きの練習を始めてみたら何だか面白くて、じきに実用レベルになった。
 道場で弟弟子だったジェフ・マッコイ君と飲みに行った際、「百さん、別の道場へ行かないんですか?」と訊いてきた。
「もう面倒くさくなったよ」
「じゃぁ今は何してるんです?」
「右手で字を書く練習だよ」
「え……」
 居合をやめて、右手で字を書く練習を始める者は自分ぐらいだろう。そう思ったら何だかじわじわ笑えてきた。
 マッコイ君は黙って、刺身のつまを食った。

 年末に帰省したら、姪が左手で箸を使っていた。字はどっちで書くのかと問うと、果たして左で書くと云う。
 左利きの大先輩として何かアドバイスはないかと、母が変なフリをしてきたから、字だけは早く右手に変えた方がいいと言ったら、妹が横から「姪ちゃん、左手でも上手にかけてるもんね!」と、随分強い口調で入ってきた。
「それなら、別に良いだろう」と云った。そうして黙って小籠包を食った。

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