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青空夜空

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天石未来と藍川翼、その周辺の人々のお話。時間列は考慮されていません。日常系。
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記事一覧

〈三月九日〉翼

〈三月九日〉翼

 朝、目が覚めたとき、未来がストーブではなくエアコンの暖房をつけるようになっていた。
 ほぼ同時期に、俺は洗濯物を室内ではなくベランダに干すようになる。朝飯前に洗濯機を回し、二人分の湿気った服をまだ寒いベランダに出て干した。休日で時間に余裕があるので、そのままベランダで煙草を吸う。
 まだ室内で干していていい時期だと思う。近所はそのようで、氷が張るような朝に、自分のところ以外の洗濯物は視界に入って

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〈メロンと姉弟〉未来

〈メロンと姉弟〉未来

 クーラーの効いた部屋でアイスを食べていたある日、家に大きな荷物が届いた。宛名は翼だけど僕が代わりに受け取った。箱にはメロンの絵が描かれていて、伝票を見ると姉ちゃんからだった。
(姉ちゃんから翼にメロン?)
 翼は甘いのが好きじゃない。翼と友達である姉ちゃんなら知ってそうなことで、好みの話であればむしろ僕宛てになりそうなものだった。とはいえこの家が翼の借りている部屋というのもあるし、宛名に翼の名前

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〈約束〉知冬

〈約束〉知冬

『ね、明日暇?』
『どこへ行きたい?』
 短いメッセージのあと、待ち合わせ場所にワンボックスカーが停まる。僕はその助手席に乗り込んで地図を広げる。
「この道をまっすぐ行ってね、右。で、ずっと真っ直ぐ。僕がいいってところまで」
「了解」
 ハンドルを握る青年は楽しそうに口元をほころばせた。凛々しい顔に、ふわりと柔らかさが乗る。
 桜井海音はいつ見ても綺麗な青年だと思う。男の僕でもそう思うんだから女性

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〈不幸の取分け皿〉翼

 あまりに頭が痛くて気が立っていた。このままでは、隣でテレビを見ながら阿呆みたいに笑い転げている同居人の未来に八つ当たりしそうで、痛み止めを飲むことにした。

 隠れるつもりでリビングからキッチンに移動して薬を飲んでいたのに、食い意地の張った未来がやって来て薬を見られた。

「頭痛いの?」

「……まあ」

「もう寝ちゃったら? 洗い物は僕がやっておくよ」

 こうして俺はキッチンでの居場所を失っ

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〈四月馬鹿〉未来

「俺、今日で仕事辞めてくる」
 冬物のコートを着ながら、翼が言った。対面していても目が合うことが少ない翼が、僕の目をしっかり見て言った。切れ長の目って格好良くて憧れるなぁと一瞬思った。
「仕事辞めてくる……?」
「そう。今日で最後」
「えっと……急だね」
「いや、ずっと辞めるつもりだった」
「そか……。新しい仕事は?」
「決めてない」
 会話している間にすっかり身支度を整え、「じゃあ先に行ってくる

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〈花は口ほどに物を言う〉未来

〈花は口ほどに物を言う〉未来

 他の月より日数の少ない二月の月間カレンダー。壁掛けのそれは、一緒に住んでいる僕と翼がお互いの予定を把握しやすいようにと、リビングの壁にかけてあった。翼が黒で僕が赤のペンで、仕事の休日や予定があって家を留守にする日を書き込んである。

 仕事が休みの日を書いているときに、十四日の日に翼が休みだと気がついた。

「バレンタインだ……」

 だから予定が入っているとかではなく、たまたまその日に休みが入

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〈初めてのクリスマス〉

〈初めてのクリスマス〉

 明日の夕食は何にしようか。そんな何気なさで「クリスマスどうする?」と聞かれて、俺はスマホ画面を眺めたまま固まった。一瞬と言うべき短い間、考える。
「クリスマスって、家族と過ごすもんなんじゃないのか?」
「うん。だけど、お正月にも実家帰るし、クリスマスはここで翼と過ごしたいなって」
「……そうか」
 今しがた、メッセージアプリでやり取りしていた相手に脈絡なく文章を送る。『お前、クリスマスってどう過

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〈ベリーベリーミルク〉

 頬張られるアイスを見ていた。真っ赤なベリーのアイスだった。
「……なに? 食べたい?」
「ああいや、美味しそうに食べるなあって思って」
 笑みを向けられるだけで参ってしまって、僕は目を逸らした。
 ピンク、赤、オレンジ。燃えるような色。情熱の色。砂漠の砂を焦がす朝焼けのような。蓮の花のつぼみのような。そんな色が似合うと思って、僕はそれを見るだけで彼女を思い出してしまって。
 彼女はお洒落だ。彼女

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〈共感性ヒーロー〉天河

〈共感性ヒーロー〉天河

 胸が痺れるように痛むのは、どうしてだろう。
 膝の上のお弁当を、ただ眺めた。冷めたご飯と冷凍食品のおかず。職場でお昼を食べる気になれなくて、抜け出して近くの公園まで来てみたけれど、気持ちは変わらなかった。
 私が悪いのは分かっていた。分かっているのはそれだけだった。ミスをして、それをどうにかしなきゃいけなくて、でもどうしたらいいか分からなくて。……自分が嫌になる。
 いつもすぐ怒る私の上司の、冷

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〈花言葉をしらない二人〉響

〈花言葉をしらない二人〉響

 雨足が強くなる。辛気くさい女の部下の顔を見続けるのも限界だった。
「自分のミスを自分で始末できないんだろ。もう下がれ」
 普段から怒鳴り続けてもう疲れていた。使えない部下は泣きそうな顔で下がった。泣くことで事が解決するというなら、存分にそうしてもらいたい。
 何もかも全部ぶち壊したい。衝動のまま自分のイスを足蹴にした。

 運転席から降る雨を眺めていた。エンジンをかけて帰路につく。仕事は丸く収め

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〈逃避行〉辰巳

 親友から電話がかかってくることは少ない。大抵俺の方から電話するからだ。だけどそのときは、向こうからの電話だった。
「もう、僕無理だ」
 泣き声と共に聞こえてきた呟きは、きっと、ずっと、今まで圧し殺してきたものなんだろうと思った。
 体も元々強くない。心だってそれにならっていて、でも俺の親友は俺よりもずっと窮屈な場所にいた。そこから連れ出すのが俺の役目だと思っていた。
 いつも、俺を正しい道へと導

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〈昼寝〉未来

 夢を見ていた。
 風がカーテンと踊っている。光があわくゆらめく。水面に浮かぶ船に、横たわって揺られている感覚。
 なんの夢だっただろうか。とても心地よかったのは覚えている。夢を追いかけて目を閉じる。
 まぶたの向こうに誰かがいる。ふわふわと、風が触れるように髪がすかれる感触がする。もっとしてほしい。顔をそちらの方に向ける。
 髪ではなく、頬に触れられる。花びらに触れるような触り方だった。頬から目

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〈夏宵薫/冬凍香〉翼

 日中に上がった気温が下がっていく。夕飯も終わり、未来が見たがっていたテレビ番組もあらかた終わり、風呂も終えており、あとは寝るだけという状況。
 しかし、涼しさを取り戻したこの時間を俺は手放せず、ソファーで無意味に過ごしていた。特に見たいとも思っていないテレビを、未来の隣で眺めながら。
「この匂いさ、翼っぽいと思ってたんだよね」
 不意に、未来が呟いた。何のことを言ったのか探ろうと目線をたどれば、

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〈夏酔いと冬鳴り〉

〈夏酔いと冬鳴り〉

「ただいまー!」
 今日は暑かった。三十度以上になる地域もあるなかで、僕の住んでいるところも今の時期には珍しく、二十八度とかそのくらいになった。
 さっさとシャワーを浴びて汗を流そう。そう考えながらリビングに入ると、翼が死んでた。
 いや、いや、死んでない。死んでないはずだけど、ソファーでうつ伏せで寝ている姿が死体っぽかった。死体見たことないけど。
「翼……?」
 声をかけたけど反応がない。爆睡し

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