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書籍解説No.26「インドネシア イスラーム大国の変貌 躍進がもたらす新たな危機」

こちらのnoteでは、毎週土曜日に「書籍解説」を更新しています。

前回の投稿はこちらからお願いいたします。

「入門 東南アジア近現代史」では東南アジアの歴史を振り返るなかで、そこから見出される同地域の今、そして未来の展望が描かれていました。

そして、今回取り上げるのは「インドネシア イスラーム大国の変貌 躍進がもたらす新たな危機」です。

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【インドネシアの基本性格】

日本にとって東南アジア諸国は、政治・経済・文化といったあらゆる分野において重要なパートナーであり、とりわけインドネシアは関係の深い国の一つです。

著者は冒頭部分で、3つのインドネシアの基本性格を挙げています。

①巨大さ
②多民族・多言語国家
③他宗教国家

①巨大さ
インドネシアは約1万3000もの島からなる国家で、面積は約189万㎢(日本は約38万㎢)、東西幅に関しては5000kmとアメリカ本土よりも長いことになります。
また、巨大なのは面積だけではありません。2013年インドネシア政府統計によると約2.49億人もの人口を抱えており、なかでも生産年齢人口(15~64歳)は約7割と非常に高い比率を示しています。
ちなみに、2018年時点でのインドネシア人口は2.677億人(世界銀行)と今なお増加傾向にあります。

②多民族・多言語国家
インドネシアには、言語・文化・習慣・宗教などを基礎とする複雑に入り組んだ民族(エスニック集団)が多数存在しています。
最大民族を占めるジャワをはじめ、スンダ、バリ、アチェ、バタック、ミナンカバウ、トラジャといった民族が存在しており、言語も民族によって異なります。

③他宗教国家
インドネシアは世界で最もムスリム人口が多い国であるものの、国内には多様な宗教文化が存在しています。
本著によれば、インドネシアの宗教構成はイスラーム88.1%、キリスト教9.3%(プロテスタント6.1%、カトリック3.2%)、ヒンドゥー教1.8%、仏教0.6%、儒教0.1%、その他0.1%となっています(2010.宗教省統計)。

マレーシアはイスラームを国教として定めていますが、インドネシアはそうではありません。
インドネシア憲法29条第一項には「国家の基礎は唯一神への信仰」が記されています。唯一神を信仰する宗教とはイスラーム、キリスト教、ユダヤ教をさすことから、この条項によれば仏教やヒンドゥー教のような無神論を国家は許容しないという立場を示しています。
しかし一方で、憲法29条第二項には「国家はすべての国民の信仰を保障し、その他宗教及び信仰に従って礼拝を行う自由を保障する」とされています。つまり、国民の信仰の自由は保障しており、多数派であるイスラームを国教とは示してはいないということになります。

このような両者のバランスは、現代の「イスラーム化」が進みつつあるインドネシア社会において重要性が高まりつつある、と著者は述べています。


【イスラームのグローバリゼーション】

近年、イスラームは世界各地でその存在感を強めつつあります。
中東、アフリカ、欧州、そして東南アジアを中心にムスリム人口は増加傾向にあり、今世紀後半にはムスリム人口がキリシタンの人口を超え、世界最大規模の宗教となるという予測もあるほどです。
東南アジアに関してはASEAN人口約6億人のうち4割は既にムスリムであり、その多くはインドネシアとマレーシアに集中しています。インドネシアは世界で最もムスリム人口が多い国であることから世界への宗教的な影響力も秘めており、一方でマレーシアはイスラームを国教として定めています。

科学技術、交通技術の発展により人・モノ・情報のトランスナショナルな移動が可能となった現代社会においては、ムスリムの移動と人口の拡大、イスラーム経済ネットワークの拡大、イスラーム的価値観の影響力・存在感の拡大といった「イスラームのグローバリゼーション」という潮流が存在しています。


【過激思想の流通】

スマトラ島西端に位置するアチェ州では国内で唯一シャリーア(イスラーム法)に基づく宗教条令が定められており、また国内にはジェマ・イスラミアのような過激派集団も存在していますが、一般的には中東や南アジアと比べて世俗主義・政教分離国家として理解されています。
しかし、現代社会のインドネシアにおいては「イスラーム化」現象によってその様相は変化しつつあり、本来備えていたはずの他宗教や価値観への寛容性を失いつつあるという指摘もあります。

著者によると、「イスラーム化」とその延長線上にある過激思想の流通には主に社会的要因と個人的要因があるといいます。
以下は、その内容を簡略化したものです。

【社会的要因】
インターネットの普及 → 公共領域が拡大する
英語力の向上 → 個々人が自分なりにイスラームを解釈するようになる
民主化の進展 → 言論が自由化する
【個人的要因】
個人の孤立 → 急激な社会変化が、伝統的な地縁や血族社会を弱体化させる
不公平・疎外感 → 経済成長の恩恵を受けられない人が現れる

原理主義的なイデオロギー体質はグローバル化に伴う世俗化・近代化による宗教危機に対する反応であるとされており、彼らは科学技術の発展をはじめとする近代化の過程、つまりは社会変化を宗教の危機として捉え、その抵抗を試みる思想を抱いているのです。
更には、世界的な資本主義の潮流によって格差が広がり、その恩恵を享受できない人々も一定数現れています。これは、いわばグローバル化の副作用としての「非寛容」という現象が、一部では既に起きているといえるでしょう。

近年は、インターネットのような通信技術の発達に伴って情報環境が大幅に変容しつつあります。インターネットが普及したことで、膨大な量の英語・アラビア語の情報が流入し、国家はもはやすべてを管理及び独占できる状況ではなくなりました。更には教育水準の高まりにより、このような外国語の情報を一般的な市民が読み、自分なりの解釈をし、それを自ら普及させることができるようになりました。
そのような思想や最新の爆弾や武器製造のノウハウなどはネット上に無限に拡がり、残り続けます。そのため、たとえISのような過激派勢力を弱体化させたとしても、そうした思想は半永久的に残り続けることから完全に消滅することはありません。

こうした近代化あるいは情報化に伴う社会の変容が、ISのイデオロギーになびく青年が現れる要因の一つとされています。


【インドネシア・アチェ州】

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(画像はWikiwand より引用)

上で少々触れましたが、スマトラ島西端に位置するアチェ州では国内で唯一シャリーア(イスラーム法)に基づく宗教条令が定められており、宗教警察の厳格な監視のもとに置かれています。

シャリーアとは、神の意志に従い、ムスリムとして正しく生きるための指針・規範であり、これは神の言葉が記されている啓典「クルアーン」や、ムハンマドの言行録である「ハディース」に依拠しています。

アチェ州ではかつて、イスラーム国家の樹立を目指した分離独立運動が興り、過去には中央政府との武力闘争も起きていました。
その分離独立運動が終結したのは2005年と最近の出来事でした。フィンランド政府の調停を受けて政府と自由アチェ運動は和解し、アチェは独立要求を取り上げ、その代わりとしてそれまで北スマトラ州の一部だったものが独自のアチェ州となりました。
また、同州は2004年のインド洋大津波によって壊滅的被害を被った地でもあります。津波が直撃したインドネシア、タイ、スリランカなどでは死者・行方不明者が10万人以上にも上ったといわれています。


【まとめ】

インドネシアのイスラーム史では、現地の習慣・信仰に柔軟に折り合ってきました。その一つの象徴として、インドネシアの国是には「多様性のなかの統一」が記されています。

しかし、容易に国境を超えることができ、公共領域が拡大しつつある現代社会においては、自発的に情報を集めて自分なりの宗教解釈をすることができる状況が生まれました。科学技術、交通技術の発達に伴って生じた「イスラームのグローバリゼーション」という潮流は、もはや世界中を席巻しつつあります。

ISのイデオロギーに傾倒する者、ムスリムとしての同胞意識に駆られた者、あるいは資本主義下での競争に敗れた者。このようなインドネシア人が既に戦闘員として中東に渡っています。また、こうした背景から戦争・紛争に参加する人たちはインドネシア人に限った話ではありません。
そして、その戦闘員が帰国後にテロを起こすというケースも少なくないことから、非常に大きな影響力をもっています。

「アッラー(神)」「お祈り」「ヒジャーブ」「断食」「偶像崇拝の禁止」などをはじめ、日本の文化や因習とは相違点が多いイスラームは、日本人にとって異質感を抱かせやすい宗教であるかもしれません。
インドネシアにしてもマレーシアにしても、日本にとっては政治・経済・文化といったあらゆる分野において重要なパートナーであり、今後も向き合っていかなければならない国々です。現に彼らはビジネス、労働、留学などあらゆる形で来日しており、近年はその数も増加傾向にあります。

著者は、今後の日本とインドネシアの関係性をまとめるうえで、「パブリック・ディプロマシー」という言葉を用いて解説しています。

パブリック・ディプロマシーとは、国際社会のなかで、自国の存在感を高め、自国のイメージを向上させ、自国の理解を深めてもらうため、他国の国民に働きかけていく広報文化外交である。
(本文より引用)

つまり、政府が主導で行われる従来の外交に加えて、海外諸国民の間に自国の存在感を強め、好感度を高め、より深く理解してもらうことを目的として、外交の一環として実施される政策広報や国際文化交流をさします。
つまり今後の重要課題は、政治・経済といった分野に限らず、文化をツールとした人と人との関係性を深めることです。

そのためにも、両国の未来を担う世代の人々が、先入観にとらわれずに交流し、お互いに啓発し合うことはパートナーシップを下支えする国際協力の一つの手段といえるでしょう。

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