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書籍解説No.18 「ハラールマーケット最前線 急増する訪日イスラム教徒の受け入れ態勢と、ハラール認証制度の今を追う」

こちらのnoteでは、毎週土曜日に「書籍解説」を更新しています。
※感想文ではありません。

本の要点だと思われる部分を軸に、私がこれまで読んだ文献や論文から得られた知識や、大学時代に専攻していた社会学、趣味でかじっている心理学の知識なども織り交ぜながら要約しています。
よりよいコンテンツとなるよう試行錯誤している段階ですが、有益な情報源となるようまとめていきますので、ご覧いただければ幸いです。

それでは、前回の投稿はこちらからお願いします。

今回は取り上げるのは 「ハラールマーケット最前線 急増する訪日イスラム教徒の受け入れ態勢と、ハラール認証制度の今を追う」です。

【在留外国人の増加とハラール需要】

現代社会において、ムスリム(イスラーム教徒)の人口は他を圧倒する勢いで増加しており、2070年には世界人口の3人に1人がムスリムとなり、来世紀には過半数を超えるという予測もあります。
イスラーム
が世界各地の宗教文化においてプレゼンスを拡大するなか、日本では今に至るまで爆発的に伝播、拡大することはありませんでした。日本には10万人前後のムスリムが暮らしているとされていますが、そのほとんどは外国人で、日本人ムスリムの数は5000~1万人ほどと極めて少ないです。

一方で、訪日する外国人の数は年々増加しており、2019年6月末時における在留外国人数は282万9416人と、前年末と比較して9万8323(3.6%)人の増加、過去最高の数字となりました(法務省,2019)。
なかでも、インドネシアからの訪日者数の増加は特に顕著であり、2019年6月末時での在留インドネシア人は6万1051人、前年比8.4%の増加となりました。
在留外国人数が1位の中国(78万6241人/+2.8%)、2位の韓国(45万1543/+0.4%)の数字と比較すると、増加率の大きさがわかります。

ここでなぜインドネシアを取り上げたのかというと、当該国は東南アジアで最大の人口を抱え、そのうえ世界最大のムスリム人口を有するためです。
インドネシアは、総人口が2億5000万人を超え、国民の87%がイスラームを信仰している国です。

もう一つの例としてマレーシアを挙げます。マレーシアはマレー系、中国系、インド系といった複数の民族が混在するモザイク国家ですが、イスラームを国教と定めており、人口は約3200万人のうち61%がイスラームを信仰しています。
東南アジアにおいては上述した国以外にも、フィリピンやタイといった国の一部地域においてはムスリムが一定数在住しており、国内で存在感を強めています。

更にはインド、パキスタン、バングラデシュといった南アジア地域にも多くのムスリムがおり、これらの国々は2050年までに大幅な人口増加が起こると予想されていることから、それに伴って必然的にムスリム人口も増加していくでしょう。

このようにアジア地域にも多くのムスリムは存在しており、それらの国々から訪日する外国人も年々増加していることから、彼らはもはや遠い存在ではありません。
そのため、以下で述べるような「ハラール」などについては、旅行代理店、ホテル、レストランといった業界に勤める人にとってはもちろんのこと、ムスリムの友人や知り合いがいる人にとっても必須の知識となりつつあります。

【「ハラール」とは】

●ハラール(Halal) ― 神によって許されている行為や食べ物のこと。
●ハラーム(Haram) ― ハラールとは反対に、禁じられているもの。

ご存じの方も多いと思われますが、イスラームには厳格な食物規定が存在します。有名なものでいえば豚肉、アルコール飲料といったところでしょうか。

世界中のムスリムたちは、アッラー(神)の言葉をまとめたイスラームの聖典「クルアーン」に立脚した生活を送っており、これが普遍真理であると彼らは信じています。そのクルアーンでは、ムスリムが健全な生活を送るためとして食べてもよいものと悪いものを厳格に定めており、いわば「食生活のガイドライン」的な側面もあります。

以下、クルアーンの食物規定について記されている部分を抜粋します。

死肉、血、豚肉、アッラー以外に捧げられたもの、絞め殺されたもの、撲殺されたもの、墜落死したもの、角で突き殺されたもの、猛獣が食べたものは汝らに禁じられている。ただし、汝らが屠殺(とさつ)したものは別である。(5章3節)
信仰する者よ。ぶどう酒、賭け事、偶像、賭け矢は悪魔の業の不浄に他ならない。それゆえそれを避けよ。おそらく汝らは成功するだろう。(5章90節)

クルアーンによると、ただ豚肉由来の食べ物を避ければいいという話ではなく、正規の屠殺手続きを経て処理された肉しか許されておらず、血や死肉を口にすることも許されないといいます。

以下、肉とアルコール飲料に焦点を当てて掘り下げていきます。

【食物規定(食肉編)】

イスラームの世界においては、生活上のすべてから豚に由来するものを排除しなければなりません。そのため、豚の脂肪由来の食品、添加物、合成のコラーゲンを使用した化粧品や医薬品なども禁じられています。
そして、製品の製造過程でも、完全に豚と隔離することを要求されます。厳密には同じ道具・場所で調理・製造することも、輸送の過程で豚関連製品と混載することも許されないというわけです。

2000年 味の素追放事件
インドネシアの味の素で、発酵菌の栄養源を作る過程で触媒として豚由来の酵素が使用されていたというもので、「消費者を保護する法に違反した」という罪で日本人技術者1人を含む現地工場の幹部4人が逮捕された。
(本文より引用)

羊肉や牛肉、鶏肉などは食べることが許されている「ハラール食品」ですが、これらの肉に関しても厳格なルールがあります。それは、イスラーム法の規定に基づいて屠殺したものしか食べてはいけないというものです。
具体的には、ムスリムが聖地メッカの方向を向きながら「神の御命において」「神は偉大なり」と唱えながら、頸動脈を切って適切に処理したものでなければなりません。
また、解体処理は牛や羊の頭をキブラ(サウジアラビアのメッカにあるカアバ神殿)の方向に向け、完全に血液が抜けてから行わなければなりません。上述したように、動物の血を食することもハラーム(禁止)だからです。

このような儀式を経て、初めて「ハラール」認定を受けた食肉と認められるというわけです。

(中東ヨルダンにある精肉店。店頭には適切に処置された羊肉が並ぶ)

【食物規定(アルコール編)】

クルアーンによって、ムスリムは原則的にアルコール飲料の摂取だけではなく、その製造や販売も禁止しています。しかし、アルコールの規定の厳格さには国によって、政府によって、そして個人によって異なるようで、どうやら豚肉とは事情が異なるようです。

まず、戒律がとりわけ厳しいといわれているサウジアラビアでは、豚肉やアルコール飲料の持ち込みは厳禁な上に販売もされておらず、外国人であっても飲むことができません。
サウジアラビア以外の湾岸地域(アラブ首長国連邦やカタールなど)も比較的イスラーム色が濃く、持ち込みが禁止されています。しかし、これらの地域では国の発展のために多くの外国人を呼び込んできた経緯もあることから、ドバイやカタールの高級ホテルやレストランといったごく限られた場所では調達できるようです。

このように調達することさえも難しい国がある一方で、東南アジアや、政教分離を原則としているトルコなどでは、たとえイスラームが多数派であっても比較的自由に酒を飲むことができるといいます。インドネシアには「ビンタンビール」、トルコには「エフェスビール」という世界でも名の知れたビールがあります。

余談として、2年間のヨルダン滞在中の経験談を綴ります。
当該国では、ナイトクラブに通ってはウイスキーの注がれたグラスを傾けながら女性と踊り明かすという若者、そしてレバノンから定期的に来るという若い女性2人と人気のない野原で酒盛りをし、夜が明けるまで性行為に勤しむという老人に出会いました。
いずれの男性の行為は当然、当然クルアーンの教えに背くものです。
これは極端な例でしたが、一方でこのような話もあります。
以下は、職場の同僚だった女性の言葉です。

「ぶどう酒(ワイン)はダメだけど、ウイスキーを飲んでいるムスリムの知り合いは何人かいるよ。私は飲まないけどね」

女性の証言によると、クルアーンで禁止されているのは「ぶどう酒」である、ということでした。この理屈に沿えば、ビールやウイスキー、日本酒、焼酎は許されるということでしょうか。
とはいえ、クルアーンによってアルコールの摂取が禁じられていることには変わりないので、イスラームが多数派の国でアルコール飲料を摂取する際には注意が必要であり、言うまでもありませんがムスリムに飲酒を勧めるような行為は言語道断であると心得ておかなければなりません。

ヨルダンでの経験から、ひとえにムスリムとはいっても、国によって、地域によって、そして個人によってその基準や認識に違いがあることがわかりました。イスラーム研究をしている人やクルアーンの教えを厳格に守るような敬虔なムスリムでない限り、一般のムスリムはクルアーンやイスラーム法の規定を完璧に熟知しているとは限らず、認識の度合いは千差万別で、その判断も変わってくるようです。
無論、ヨルダンで出会った大多数のムスリムは一定程度敬虔であり、上述したような男達は極めて稀なケースです。

(ヨルダンの首都アンマンにある酒屋。ビール、ウォッカ、ウイスキー、ワインを中心に取り揃えている)

【訪日ムスリムのためのWebサービス】

「HALAL GOURMET JAPAN」という訪日ムスリム向けのレストランや宿泊施設を紹介しているWebサービス、また、その関連として全国各地の礼拝所(モスク、礼拝スペース)を紹介している「Japan Masjid Finder」というWebサービスがあります。
当サイトで施設数を検索してみると、首都圏や大都市と地方の間に格差が生じていました。

礼拝所の数に関しては、国内にあるモスクの数は104か所、パーキングエリアやレストランなどに設置されている礼拝スペースは188か所。その内訳は東京都57か所、神奈川県7か所、千葉県14か所、大阪府19か所、京都府18か所に対し、東北地方では6県合わせて7か所でした。
ハラール対応をしているレストラン及び宿泊施設の件数も同様に、都市部と地方部では大きな開きがあり、未だに対応が行き届いているとはいえない状況です。

このように、都市部ではハラール食品店やレストラン、礼拝所といったムスリム向けのサービスが展開されつつある一方で、地方にまで行き渡っているとはいえません。
福島県在住のシリア人の方は、野菜や果物は一般的なスーパーで調達するが、肉などは通販で手に入れると話していました。その理由は、食物規定の章で綴ったように、羊肉や牛肉、鶏肉などを食する場合でも、イスラーム法の規定に基づいて屠殺したものしか食べられないためです。そのような規定に沿って処理した肉を日本国内で、ひいては地方部で手に入れることは極めて難しいため、通販という手段を用いているといいます。

【まとめ】

本記事では、ムスリムと関わるうえで必須の知識「ハラール」を中心にまとめました。

世界的なムスリム人口の増加という背景に加え、イスラーム圏からの訪日外国人数の伸びによって日本においてもハラールの需要が広がり、ハラーム市場は更に拡大していくことが予想されます。
ゆえに、今後はビジネスという側面でも注目に値する業界の一つとなるかもしれません。

最後に、日本人にとって宗教、ひいてはイスラームとなると小難しくて異質なものだと思われがちです。冒頭でも述べたように、アジア地域にも多くのムスリムが存在しており、もはや彼らは遠い国の存在ではありません。

現代社会においては、通信手段や交通手段の技術の発達によって、人だけではなくモノや情報も盛んに往来するようになりました。このようなグローバル化に伴い、日本社会でも人種や民族、宗教、文化などの多元化・多様化が進んでいます。
それでもなお、日本人が圧倒的多数を占めるこの国では、外国人はマイノリティとして存在し、生活することになります。そうした(宗教的、民族的マイノリティに位置する)個人及び集団はときに、コミュニティ内において「異常」や「逸脱」とみなされ、所属していた社会集団や場の外部へと排斥するような「社会的排除」の対象ともされてしまいます。
なかでもムスリムは、イスラームという宗教的なバックグラウンドを抱えています。訪日ムスリム人口の増加という現実を前に、イスラーム=危険・テロ集団というようなスティグマ化がなされることで、マイノリティの立場にある人々は排除の対象とされてしまう恐れがあります。

いかに自明と思われる差異であっても、分割線を引く行為には必ず恣意性が伴います。その恣意性はしばしば差別と結びつき、分類される側に多くの痛みをもたらすことを忘れてはなりません。

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