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有料記事マガジン覚書

社会貢献活動を目的に、有料マガジンを立ち上げたことについて書きます。

 ボクは学生時代に障害児教育について勉強しました。はなはだ大袈裟になりますが、子どもが「等しく教育を受ける権利」についてというテーマでした。1979年「養護学校の義務化」が施行された。ボクらは、そのことについて仲間と話し合った。また、その実戦として地域活動や介護ボランティア活動をしました。1981年が「国際障害者年」でしたので、社会的にも障害児教育への在り方は大きな変化がありました。二大勢力による良き論争から、障害児教育は社会問題のジャンルにまで押し上げられました。

2002年、エッセイに書いたことを抜粋します。

-前略-
 当時から今に至るまで、誰にも譲れない命題があります。「障害者が生きれない社会は、良い社会ではない」
 最近「ボランティア」「バリアフリー」「パラリンピック」などの現象としての言葉を通じ、障害者問題は社会に開かれた感じています。20年前とだいぶ様変わりしたと思います。とても嬉しく思っています。しかし、障害児の教育やバリアフリーへの配慮は進んでいるが、集団のハードとしてのバリアフリーではなく、ソフトとしてのバリアフリーの教育は停滞していると思います。些細なことではあるが、誰しもが点字や手話を駆使すれば、ものすごい勢いで"心のバリアフリー"が進むと信じています。
 一方、障害児の日常よりも"超越の素晴らしさ"にスポットを当てすぎると感じて止みません。特殊な事例でありますが、痙攣や骨の変形のために腱を切斷する青年に出会いました。彼は生涯、寝たきりの生活となります。また、彼には言葉もありません。
 障害者を代表して奇跡的な奮闘をする稀有なる青年の乙武「五体不満足」がベストセラーどなり、脚光を浴びていた時期でした。
 障害児問題と教育問題を「発達保障論」の中に解決を求める考えは、20年間変わっていない。教育という場において、一般法則と特殊事例により常に新しい理論として生まれ変わる「発達保障論」こそが、私にとって説得力があります。
 また、福祉については、川添邦俊「障害児と教育」と糸賀一雄「福祉の思想」で、教育思想は堀尾輝久「現代日本の教育思想」がバイブルでした。おりしも、二年生の時が"国際障害者年でした。
-後略-

 平成14年 自作エッセイ ひこばえ(蘖)  

 と、こんなことを思いつつ、卒業後はなんら活動をしないまま、今日に至っています。実際、家内との中距離交際から始まり結婚。息子2人を育てたあげること。家のローン、イコール勤め。その間は、何も活動はしていなかった。自身の思いに、おおいに恥じるばかりです。
 ようやく少しは時間が取れるようになったが、もう体力がない。しかも、もう少し働かなければならない。唯一、実戦できたことは電子書籍を出版した際のわずかな印税をユニセフに寄付できたことだけです。
 ならばnoteを書き、御支持いただいた収益を全額寄付しようと思いつきました。また、そのことで筆力を高めたいと思います。

 有料記事マガジンは今日立ち上げました。ボクもサブ垢をつくり購入します。まずは、2000円/月の寄付を目指します。寄付先は、日本赤十字を考えています。また、何か良い案がございましたら連絡をください。よろしくお願いします。

かわせみ💎

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