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その考え恐ろしい!「マニュアルはサービスの標準化?」

今日は僕が考えるマニュアルについて書くんですが、あくまで僕の考え方なので、気に触ったらごめんね。


マニュアルを作るとき、

誰でも読めば仕事ができるように、業務の取扱説明書みたいに作ろうと考える人がいますよね。

例えば、

僕の家には空気清浄加湿機があるんだけど、その機械にもやっぱり取扱説明書というものがあります。

そこには、「エラーE」と出た時にはこういう手順で対応してくださいと書いてあったりしますし、

他にも使用開始する時には、フィルターがついているのを確認してコンセントを挿しましょう、とか、

加湿するなら、「水は入ってますか? お湯はやめてください」なんてのが、事細かに書いてあります。

つまり、

取扱説明書という書類ってのは、その物の取り扱い方法を事細かに説明してくれるものになっている訳ですよ。

で、改めてマニュアルが取扱説明書と同じもので良いのかと考えると、やっぱり違うんじゃないかと思うんですよね。

だって、僕らは人間を扱っているので、人間は機械のように確かなものを必ずしも返してこないですし、

それのニーズやエラーに対して、確実な答えを用意するなど、どだい無理な話です。

なんて具合に真面目ちゃんな答えって、いくらでも言えちゃいますし、「じゃあ結局どうすんの?」って話になるので、このまま話を続けます。


マニュアルは8割で書け。

福祉施設には理念や事業計画があることを前提として書いていくと、

理念や事業計画で、施設の基本的な考え方や方向性、目標なんかを示していますよね。

それを具体に実現するが職員であって、その手順や方法を示しておくのがマニュアルな訳です。

というように、僕が考えるマニュアルと取扱説明書の違いは上に書いた通りで、

マニュアルは、理念や事業計画と地続きになった方法が書いてあるのが特徴なんです。

意味分からん?

いい例えが思いつかないけど、、

例えば、

理念や事業計画に「地域住民の地域生活の担保を目指して支援しましょう」なんて書いていたとする。

そんな施設の前でお腹が空いて倒れた人がいたとして、その対応を取扱説明書的として書くと、「食料を提供してください」で終わるかもしれない。

それは、理念や事業計画なんて関係なく、いま起きている問題を単純に解決する方法を書いているからです。

ただ、マニュアルとして書くなら、

お腹空いていることを解決するのはもちろんですが、「倒れてしまったことを含めた生活全体の立て直しが必要、そのために、、、」

と書く必要があります。

でも、その方法は千差万別で書ききれない。なので、マニュアル内容を8割程度で留めることも必要になる訳です。

今の例で言うと、相談業務や食材支援、日常生活介助や他機関との協働など、できることは色々ありますし、その方法まで詳しく書いたマニュアルなんて読めたもんじゃない。


マニュアルで標準化すべきは

最初に書いたように、マニュアルを読めば誰でも業務ができるという考え方は、おそらくマニュアルが取扱説明書になっていると思っているんだと思います。

「判断基準や対応方法などを明確に書いて、誰でもマニュアルを読めば同じ支援を返すことができる」

それはある意味で理想的かもしれませんが、僕はそれが正しいとは思いません。

マニュアルで標準化すべきは

サービス自体ではなくて、サービスが理念や事業計画と地続きであるという考え方であると思います。

そうすることで、施設機能以上のサービスを提供できることもある、、、かもしれません。

おしまい。

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