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偶然出会ったウズベク人の家族旅行に参加した話【ウズベキスタン旅②】

2017年の夏に20代女子2人でウズベキスタンを旅した時に出会ったウズベク人とのエピソードを紹介するnote。今回は偶然会ったウズベク人家族と一緒に観光をした話。
前回は、サマルカンドで警察官とランチした話↓

ビビハニム・モスクに向かう

サマルカンド観光2日目。私と友人はホテルからビビハニム・モスクに歩いて向かっていた。ビビハニム・モスクは14世紀末にティムール朝の創始者ティムールが建設を命じた、中央アジアでも最大級のモスク(イスラムの礼拝堂)である。

そのビビハニム・モスクに行く途中で、同じ方向に向かうウズベク人ファミリーと出会った。おそらく兄弟であろうお父さん2人と、奥さん2人、中学生くらいの男の子1人。旅行でサマルカンドに来ているようだ。
お母さんが私たちを見て気にかけてくれて、男の子がお母さんたちの代わりに勉強中の英語で頑張って話しかけてくれた。
どこから来たのか、どこに行くのか、何歳なのか、など、他愛ないことを話しながら10分ほど一緒に歩いていた。

レギスタン広場の前で記念写真に参加させてもらう

ビビハニム・モスクに行く途中に、レギスタン広場が位置している。レギスタン広場につくと、ファミリーは当然私たちも一緒に行くだろうと思っていたようだ。私たちは昨日レギスタン広場での観光を済ませたこと、今日はビビハニム・モスクとその近くにある市場に行く予定であるので、ここでお別れということを、言葉が不自由ながらも一生懸命に伝えた。

私たちがレギスタン広場の入り口を横切って、ビビハニム・モスクに向かっていくと、レギスタン広場にいくはずのファミリーも同じ方向に向かっている。私たちが、どうして?と不思議がると、とても自然に、一緒に行こうと言ってくれた。

ファミリーが目的地を変更して一緒に観光することに

ミニバスに乗り込んでレギスタン広場からビビハニム・モスクまで移動。

レギスタン広場からビビハニム・モスクまでは徒歩10分ほどなのだが、ミニバスのような乗り物も不定期に通っている。気づくとお父さん、お母さんはちょこんとミニバスに乗っている。男の子が一緒に乗って行こうと言ってくれた。バス代の集金のおじさんが近づいてくると、男の子がなにやらおじさんに説明している。料金は求められなかった。お父さんが私たち2人の代金も払ってくれたのだ。バスを降りた後、お父さんにバス代を渡そうとすると、そんな野暮なという表情で、いいんだよと断られた。

息子くんがお父さんお母さんの写真を撮るところ

ビビハニム・モスクに到着!お父さんお母さんの後ろにいる人がすごく小さいことにお気づきだろうか。このファサードは41メートルあり、中央アジア最大とのこと。カメラに全景を写すことが私の技術では困難だったので、この写真でご勘弁を。

家族写真

この中学生くらいの息子さんが、学校で勉強しているのか英語が少し話せた。外国人と英語で話せるのが嬉しいのか、とても積極的に話してくれた。
この写真、送ってあげればよかったのに。今更後悔する。

ビビハニム・モスクは19世紀末の地震によって建物が崩壊してしまって、長らく使われていなかったところ、2001年にサマルカンドがユネスコの世界遺産に登録されてから復旧作業が進められたとのことだが、全部綺麗にされているわけではなくて、当時の様子がわかる部分がたくさん残されていた。復旧して綺麗になっている姿よりも、壊れかけて古びた風情が好きだ。

シヨブ・バザール

ビビハニム・モスクのすぐ近くにあるシヨブ・バザールにも、ファミリーと一緒に巡ることになった。バザールとはペルシア語が語源で、”市場”という意味だ。生鮮食品から日用品まで幅広く揃っており、今でも現役のサマルカンドの台所である。

脱線するが、小さい頃”バザールでござーる”のCMが好きで、”バザール”に対して漠然と憧れを持っていた。

市場では、息子くんと一緒にお母さんのショッピングに付き合った。お父さんたちはイスラム教の礼拝に近くのモスクに行くためしばし別行動。
お母さんたちがとても優しくて、とても可愛いので、カメラに残さないとという使命感に燃えていた。
ウズベキスタンの、特に高齢の方は、写真を撮ることにはとても積極的なのだが、カメラを向けると途端に構えて真顔になってしまいがちである。

この写真からもお母さんたちの人の良さは伝わるけど…すてきな笑顔を引き出したい!

カメラのファインダーを覗かず、シャッターを押しまくり、お母さんたちのふとした自然な表情を必死に撮影した。

フレンドリーなお母さんたちの自然な姿
よく笑っていた
市場で靴をお直しに出すお母さん。計画していたのか、思いつきなのか。
スカーフ選びをするお母さん。ウズベク女性が頭にまくスカーフは本当に色とりどり。
サマルカンドのナン。この丸くてツヤツヤしたフォルムが可愛い。

ウズベキスタンの市場では商品が綺麗にピラミッド型というか、山形に積み上げられていた。彼らの美学なのだろうか。

卵も綺麗に積み上がってる。ぶつかって崩れてしまったら大惨事だと思うのだが、美学を前にそんなの関係ないのだろうか。

スイカはウズベキスタンを含め、中央アジアの特産品とも呼べる

省スペースのために積み上げてるのだろうか?スイカともなると積み上げるのも重労働だろうに。それともバスケのようにスイカをパスしているくらいだから、積み上げるのもお茶の子さいさいなのか。

これはカボチャじゃなくて、メロン

市場を一緒にまわって、ここでお別れ。彼らは元々の目的地のレギスタン広場に戻るようだった。男の子は私たちが一緒に行かないことを最後までとても残念そうにしていて、拗ねてしまっていた。ここまでとても楽しかったが、意思疎通が100%できないので、行き先がよくわからないまま過ごして、彼らに振り回されてしまうことに対して内心不安もあった。

ありがとう、さようなら〜

今思えば、自分たちのために目的地を変えてくれて、バス代も出してくれたくらいなのだから、あの家族にもう少しくらい付き合ってあげるべきだったんじゃないか。旅行者の欲が出てしまったあの頃の自分たちが恥ずかしい。

もしまたこのように中央アジアの優しい家族と一緒に観光するようなことがあるとしたら、丸一日くらいかけてとことん彼らのプランに乗っかって旅をしてみたい、なんて思うけれども、いつだってこんな良い人たちに会えるとは限らないのだ。
私の記憶の中には彼らがずっと残るだろう。
彼らは、サマルカンドに旅行に行った時に出会った日本人の女の子のことを今でも覚えているだろうか。彼らの記憶の中で、楽しい思い出として残っているだろうか。

偶然出会った人に、あたたかい思い出を残せるなんて、多くの人ができることじゃないのに、ウズベキスタンでは毎日こんなことが起きる。
まだ3日しかウズベキスタンにいないのに、この旅は最高な思い出になることを確信した。

次回は、ブハラでたくさんのウズベク人に助けられた話。

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