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島の女神

ある島に女神がいる。力はあるものの、その恵みを与える人間が来ないため暇を持て余していた。無理もない。その神がいるのは無人の島、余程の事がない限り人と会うことはないのだ。女神は力を人に与えて遊ぶ事が好きだ。正確には力を与えた人間がどのように変わるのか見たいのだ。しかし神として島からは離れられない。昔のいたずらが過ぎたため、より強い神々たちに事実上幽閉されているのだ。昔は大陸の女神として名を馳せたというのに。島の女神はこの暇をどうしたものかといつも思案していた。


ある日その島に流れ着いた3人の男、どうやら兄弟の漁師らしい。海が荒れたため漂流してきたのだろう。島の女神神は3人の前に現れる。久々の人間、声高らかに名乗る。

私は島の女神!この島に流れ着いた人間よ、この災難を生き抜いた褒美に好きなものをやろう!金も力も1人ひとつだけな!

3人は「帰るための船をもらおう。」だとか「ついでに金も欲しい。」などと話し合いを始めた。すると長男は急にこうお願いした。

この俺には強靭な肉体をくれ!大海原を軽くひと泳ぎ出来る、鬼のように強い肉体を!

島の女神がその力を与えた途端、長男の体の筋肉はそれは見事に発達し、彼は弟たちを見捨てて自分だけ海を泳いで帰っていく。薄情な長男だ、きっとあの力を使ってひとり食うに困らない生活をしようとするだろう。それを見た次男は島の女神にこう願う。

なら私は知識をもらおう!この世界の膨大な知識を!

島の女神は次男にそれはそれは膨大な量の知識を与えた。次男はその知識で丈夫な小舟を作り、瞬時に風向きと波の揺れを計算した。まるで一流の船乗りだ。三男も一緒に船に乗ろうとしたが、次男は三男を突き飛ばし1人だけ島を脱出した。島の女神は心の中で笑っていた。最初は船だの金だの、神の力がなくても手に入れられる程度のものを考えていたのに、長男と次男はこの状況に最適なもの以上を要求した。もちろん望み通りのものを島の女神は与えたが、それがどのような結果となるか女神はそれとなく見えていた。さて、残るは置き去りにされた三男だ。2人の兄に酷い仕打ちを受けた、願うは復讐かもしれないと思っていたその時、三男の口から意外な願いがこぼれた。

愛が欲しい、私に愛をください。

島の女神は力に似合わず、今吹いたそよかぜが止むまで思考が無くなった。そして直後、三男に理由を聞いた。三男はこう答えた。

我々3人は昔から仲が良く強い絆で結ばれていると思っておりましたが、私以外はそう思っていなかったようです。愛した家族を今失った、これからまたあの兄弟を愛す事は出来ない。だから別の愛が欲しいです。

なんと愚かな男であろうか。家族の絆が失われたとはいえ島を出る機会を自ら手放した。同時に島の女神も困った。感情を穏やかにさせたり、幻惑を見せたりも出来るが、彼の望むのはその比ではない事は表情でわかる。自分の未来よりも愛を選んだ男なのだから。かといって自ら女神を名乗る者として「別のものにしろ。」とは口が裂けても言えない。そして島の女神はある事を考えた。

家族に見放された哀れな男よ。世は女神、そなたを夫として迎えよう。貴様の命尽きるまで愛することを誓おう。それで良いか。

男は泣いて喜び、仮初の夫婦が誕生した。当然であろう。島の女神は暇つぶしが欲しいだけだったのだ。これなら約束を違える事なく、神としての面子も保たれる。島の女神はしばらくの間、この阿呆に付き合う事にした。



阿呆と付き合うのも悪くない。神とはいえ孤独である時間が長かったため、三男のしょうもない話でさえ笑えてしまう。友としては最良。島の女神は楽しんでいた。


さて、三兄弟の長男と次男はどうなったか。それは島の女神の想像通りに動いた。長男は強い体を手に入れ、たった1人で大船が埋まるほどの魚を捕まえられるようになった。それこそ最初は故郷の英雄として讃えられたが、その力故にやがては怪物と揶揄されてしまう。大海原を魚のように泳げるその力、人のそれではないのだ。長男は人として扱われなくなり、孤独となった。次男はとある都市で暮らしありとあらゆる娯楽や文学、文化に触れたがどれも楽しくはなかった。それは彼の中にある膨大な知識が、彼から新鮮さを感じさせなくなったのだ。彼は人生の楽しさを失った。


少し経ったある日、長男と次男は再び出会い近況を話す。長男は人に戻りたいと、次男は生きる喜びを取り戻したいと願い、もう一度あの島に向かう事を決意する。島の女神に文句を言いにでも行くのだろうか。それ程生優しいものなら誰も苦労はしない。


その日は雷雨、女神と三男が住む島の周りもそれはひどく荒れていた。2人が島の洞窟を目指し走っていると、目の前にいたのは長男と次男であった。長男は声を荒げて島の女神を問い詰める。

お前のせいで俺は怪物と呼ばれてしまった!俺を元に戻せ!!

当然この言葉に島の女神は動揺する事なく、むしろ馬鹿にした様子で返す。

お前の望むものをひとつだけ与えてやったというのに恩知らずなやつだ!それに貴様が人間に戻れば今度は島を出られなくなるぞ!次男に頭を下げて船でも作らせるきか、猿の方がまだ誇りがあるわ!

その言葉に長男は怒り狂い、その場にあった大きな石を鈍器に島の女神に襲いかかる。人が持つには大きな石だが、女神の力の前には非力。女神が術で長男を消滅させようとしたその時、三男は女神の前に立ち長男の打撃をもろにくらってしまう。それはいわゆる、庇うというものであった。女神は三男が血だらけで倒れるのを横目に長男を消し炭にした。島の女神は三男に寄り添い、術で治そうとしたが彼はそれを止めた。

私が望んだのは愛。あなたから貰い、私も与える事が出来た。どうか、私の愛を無駄にしないで、、、。

三男は最後に寄り添う女神の頬を撫で、ゆっくりとその生涯を終える。行き場のない悲しみを女神は次男に向けたが、次男は懇願する。

あなたが望むなら私を消し炭にしても構いません!!しかし私は世界の知識以上の出来事を見た!私はこれを世に広めたい、家族が残した愛は消したくないのです!どうか!

その熱意が本物かどうかはわからない。だが島の女神から怒りは消え、代わりにこう口にする。

私は島の女神。この島に流れ着いた人間よ、この災難を生き抜いた褒美に好きなものをやろう。

次男はその言葉に感謝し、雷雨が止まぬうちに船で島を出る。大荒れである事はわかっているが、彼なりの贖罪であり覚悟の表れなのだろうか。次男が島を出てかなりの時間が経ったが、女神は雨に打たれながら三男の手を握りしめていた。そして諦めたかのように、女神は雨が止んだと同時に三男を埋葬した。


島の崖に墓は作られ、先程の雷雨が嘘だったかの如く夕日が島を照らしていた。島の女神が墓の前に座っていると、どこからともなく風が吹きひとりの若者、いや神が現れた。彼は風の神、時より島の女神の様子を監視者として見に来ている。風の神が島の女神に話しかけると、女神は質問した

偽りの愛を人間に与えた。愛は終わったのになぜ私の胸に大きな穴が空いているのだ。

すると風の神が答えた。

その愛が本物になったからだ。偽りが削られ、埋めるための愛をお前は欲しているのだ。

風の神は島の女神に「他の神々もお前が真っ当な心を持つようになってよかったと感心している。」と伝え風と共に去る。それは罪が軽くなった事を伝えられたと同じだが、島の女神はむしろ償う時間を望んだ。こうして島の女神は沈みゆく夕日を夜になるまで眺め、あの阿呆が冗談だったと帰ってくる事を期待した。



この愛の物語の一部はとある小説家によって広められた。御伽噺の一端と数えられる程度であったが、作者は「残す事が出来た、それはまさしく最高の贖罪であり名誉である。」と言い残し生涯を終えた。


島の女神が今でも悲しんでいるのか、そこまでは誰も知らない。


島の女神 〜完〜






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