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どうせなら命張って生きないとな

24歳の頃、中学と高校が一緒だった同級生が亡くなった。
今からもう7年前の出来事だ。

彼は高校を卒業してすぐに病を患い、ずっと闘病生活を送っていたらしい。
世間的にもよく知られている難病だった。

僕は、彼と特別仲が良かったわけじゃない。
中高一貫校だったので6年間一緒だったけど、二人っきりで話したのは数える程度の回数だ。

でも、訃報を聞いた時。
何故か絶対に行かなければいけないと思った。

「友人が亡くなったのでお通夜に行きたい」

その言葉を聞いた上司は驚いていたけど、すぐにその日の午後と翌日の休暇申請を出すように言ってくれた。



東京から地元の関西まで向かう途中、同級生との記憶に想いを馳せた。

と言っても、彼についてそこまで沢山のことを知っているわけではない。
僕の中の彼は、制服のブレザーを着たままで止まっている。

スポーツ万能で底抜けに明るく見えるけど、どこか影がある。
彼にはそんなイメージがあった。

どうも、親同士があまり仲良くなかったらしい。
明るく振る舞っていたけど、話している時「今日は家に帰らへん」みたいなことを言っていた記憶が朧げにある。
その時の僕は、家庭環境の悩みについて深く聞くことができなかった。

友人の話によると、彼は高校卒業後の時間のほとんどを病院で過ごしたようだ。
根治を目指して手術を繰り返したけど、再発する病に打ち勝つことができなかった。

苦しい手術を繰り返し、乗り越えたと思ったらまた再発。
彼は、どんな気持ちで病気と戦っていたんだろうか。
僕がのんべんだらりと大学生活を送っている間も、痛みや不安に耐えていたんだろうか。

僕は彼のことを何も知らない。
そもそも、自分は彼に友達と認識されていなかったかもしれない。

なぜ、メッセージのひとつも送らなかったんだろう。
僕は、彼との別れの場に自分が向かって良いものなのか今更悩み始めた。


お通夜の会場は、こざっぱりした綺麗な雰囲気だった。
僕と同じような想いを持った奴が多かったのか、到着すると既に20人近い数の同級生が集まっていた。
中には高校卒業以来に再会した奴もいて。
みんな、随分と大人っぽくなっていた。

周囲との挨拶もそこそこに済ませ、お棺の中を覗く。
そこには、冷たくなった彼が横たわっていた。

「触ってあげてください」

彼の母親に促され、僕はおずおずと彼のおでこに手を伸ばした。

冷たい。
でも、確かに若さを感じさせるハリがある。

顔も痩せこけてはいるけど、不思議なほど僕の記憶にある時と変わっていない。
その姿は、彼がもう”時間”という概念から解き放たれた場所にいることを強く感じさせるものだった。


お通夜の振る舞いでは、思い出話が顔を出す。
悲しい場のはずだけど、ちょっとした同窓会のような雰囲気になってしまった。

修学旅行の話やテストの話をする度、面白かったことを思い出してしまう。
その度に、僕らは溢れそうになる笑みを堪えた。

すると、亡くなった彼のお母さんが僕らを見つめて言った。

「笑ってあげて。
 その方が、あの子も喜ぶと思うから」

涙を浮かべながら微笑むのを見て、僕らは精一杯バカ話をすると決めた。

彼が割ってしまったガラスをみんなで隠した話。
見た目より筋肉質で、足が早かった話。
修学旅行の夜、みんなで旅館の屋根に登って怒られた話。
お母さんの作ったお弁当を食べている時、彼がとても楽しそうにしていた話。

みんなが代わる代わる、彼の話をした。
その度、みんなゲラゲラ笑った。

ふと、彼の母親を見ると話しているみんなを見てすごく嬉しそうに笑っていた。
まるで、この輪の中に彼がいるかのように。

その姿を見て、思った。
僕は、あいつのことを何も知らないわけじゃない。

色黒を気にしていたこと。
顔立ちが整っていたから意外とモテたこと。
二人で話すと案外大人っぽいこと。
見た目によらずむっつりスケベだったこと。
一時期別のクラスの女子と付き合ってたこと。
それをみんなで囃し立てたこと。
別れた後、すぐに後輩と付き合っていたこと。
文系科目が苦手だったこと。
いつでも楽しそうに笑っていたこと。

話そうと思えば、いくらでも話せる。

向こうが僕のことを友達と思っていたかはわからない。
でも、僕の青春の中には間違いなく彼がいて。
彼の青春の中には、間違いなく僕がいた。

だから僕はこの場に来たんだ。きっと。
そう思い当たった時、不意に胸が熱くなった。


帰り道は、何人かと一緒だった。
ホームで電車を待っている時、友達の一人がポツンと呟いた。

「どうせなら、命張って生きないとな」

友達がどんな気持ちでその言葉を発したのかはわからない。
でも、今でも僕はそれを忘れられずにいる。

僕が何気なく生きている今は、亡くなった彼にとって死ぬほど迎えたかった未来なのかもしれない。
そんな貴重な一日を、僕なんかが無駄には使えない。
彼が生きることのできなかった青春を、僕は精一杯に生きないといけないのだ。

毎日に命を張って生きる。
7年が経った今も、その気持ちは変わらない。

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