誰かのために生きるのか、自分のために生きるのか
誰かのために生きることができる人って、とても素敵だと思う。
自分よりも大事な存在のためには何事も厭わない、そんな無償の愛って中々ない。
僕の友人にも家族がいる奴が増えてきて。
きっと彼らは、自分より大事なものがあるんだなーと思う。
そういう人って、僕から見てもカッコよく見えるものである。
でも、僕は「自分のために生きる」ことを徹底できる人もそれはそれでカッコ良いと思う。
トレーニング仲間の仲間に、誰よりも能力が高いのにストイックな人がいる。
彼は仕事では会社を経営していて、それでいて親切で誰にでも優しい。おまけにイケメンである。
そんな彼だけど、一切恋人を作ろうとしない。
多分死ぬほどモテるはずなのに、何故だろう。
理由を聞くと、彼はこう答えてくれた。
「今の自分がやりたいことはそれじゃない」
恋人ができると、食事制限も思いっきりはできない。
トレーニングの予定に都合をつけるのも少し難しくなる。
彼は、一日一食しか食べない。
空腹時は、良質な栄養素を含んだ果物のみを口にする。
トレーニングは必ず週2日に1回。
質も量も、おそろしく優れたもので。
人に合わせた生活をしているとできない内容だ。
彼は言う。
「身体が動くうちは、夢を追いたい。
自分のために生きたい」
僕は、自分より一つ年下の彼を尊敬している。
正々堂々と「自分のために生きている」と宣言できる彼を。
よくよく考えたら、「誰かのために生きている」人もそれが自分にとって価値があるからそう生きているわけで。
そういう意味では、誰しもが「自分のために生きている」のかもしれない。
だから、僕には誰かのために生きている人も、自分のために生きている人もみんな等しくカッコ良く思える。
大切なのは、どうやって生きるかであって。
何のために生きるのかは、大きな意味を持たないのかもしれない。
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