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もっと君を撮っておけばよかった

実家の引き出しを漁ると、見覚えのないSDカードが出てきた。
何が入っているのか見当もつかない。
そもそも、SDカードなんて何年振りに見ただろうか。

暇だったので、中身を見てみようとPCに入れてみた。
かなり昔のものだったけど、あっけないほど簡単にフォルダが確認できた。

中身を開くと、入っていたのは大学時代の写真。
僕がデジカメで撮ったものだ。
部活のイベント、合宿、卒業旅行…はしゃぐ友人たちの姿。
その中に、自分の写真はほとんどなかった。

そりゃそうだよね。10年前の大学生に自撮りなんて文化はなかった。
インスタはなかったし、Twitterも黎明期だったんじゃないかな。

そんなことを考えながら写真を下にスクロールしていくと、不思議な写真を見つけた。
両手で顔を隠している女の子。当時付き合っていた子だ。

懐かしい。
そういえば、写真撮られるのが苦手だって言ってたな。

そもそも、僕にデジカメをくれたのは彼女だったことを思い出した。
21歳の誕生日プレゼントだ。

「二人の思い出をたくさん残せってことね!?」

僕が冗談めかしてそう言ったら、彼女が笑ったのを覚えている。

せっかくだから、僕は最初の被写体を彼女にしようとした。
そしたら、彼女はこう言った。

「私、写真撮られるの苦手!」

笑いながらだったけど、本音であることがわかった。
だから、彼女の写真をあまり撮らなかったんだ。
そんなことを思い出しながら、写真をスクロールしていく。

冗談めかしてカメラを向けると、彼女は笑いながら顔を手で隠す。
彼女の写真は、そんな様子や後ろ姿がほとんどだった。

彼女の顔がはっきり写っている写真は、たった一枚だけ。
付き合って2年経った日に記念に撮った、僕とのツーショットだ。
カメラに向かってバカ面を浮かべる僕の隣で、ぎこちなく笑っている。

僕は、忘れかけていた彼女の顔を久しぶりにはっきり思い出した。
話している時は朗らかに笑っているのに、カメラを向けると笑顔が固くなる。
本当に写真が苦手だったんだなあ、と思った。

今、彼女はもう家庭を持っている。
子供がいるかまでは聞いていないけど、数年前に結婚した。

少しは、笑顔がうまくなっているだろうか。
パートナーに向けられたカメラに、顔を隠さず写れているだろうか。
僕には知る由もない。

そんなことを考えながら、僕はフォルダを閉じてSDカードをPCから引き抜いた。もう、しばらくこのカードの中身を見ることはないだろう。

未練なんて、あるはずもない。
あるはずもないけど。

もっと、君の写真を撮っておけばよかったなあ。

別に、彼女の写真が欲しいわけじゃない。

ただ、もっと正面から彼女と向き合って。
楽しそうに笑った顔を撮っておけばよかった。

それだけが、僕の中に唯一残る後悔だ。

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