もみの木②【ショートショート】
「それにしても」
リンはカナのカバンを見上げながら首を傾げた。
「今日はいつになくパンパンだねえ!」
「えへへ、そうなの。辞書が必要で無理やり詰めてきちゃった」
そう言って、膨らみの元凶をご丁寧にも取り出した。本来はごく一般的な厚さのものだが、付箋がほぼ全てのページから飛び出しており、末広がりの形になってしまっている。
「箱付きなんだけど、全然入らなくなっちゃって……」
カナはやや顔を赤らめて苦笑した。そして辞書をカバンにギュウギュウと押し戻した。
「収拾付かないからって無理やり入れちゃうなんて雑すぎるよね。カッコ悪いところをお見せしちゃったな」
「ううん、全然! そのくらい勉強したってことでしょ? すごくカッコいいよ!」
リンはその場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「僕は本を開くとすぐに眠たくなっちゃうから、いつまでも新品みたいにきれいなのしか持っていないんだ! あ、そうだ」
急に飛び跳ねるのをやめ、右手を前に突き出し『待ってて!』ポーズをする。そしてすぐにその場を離れた。
はてなマークを頭上に掲げつつ、カナはリンの帰りを待った。
数分後、リンが息を弾ませてカナの前に現れた。
「待たせてごめんね! はい、これをどうぞ!」
カナに差し出されたのは、薄紅色の手ぬぐいだった。
「どうしたの、これ?」
「食べ物を探している途中で見つけたんだ。ずっと寝床に置いていたやつだけど、カナちゃんに役立つんじゃないかと思って持ってきた!」
「役立つ……?」
カナが困惑していると、リンはカナのカバンに飛び乗った。そして、ピロピロと風に揺れる付箋を引っ張った。
「広がっちゃうなら縛っちゃえばいいんじゃないかな! うーん、よいしょ!」
「待って待って! 今出すから付箋だけを引っ張らないで~」
「そっかそっか、ちぎれちゃうもんね! うっかりしてたよ!」
リンはひょいっとカバンから飛び降りた。そして、カナが両端を掴みながら差し出した辞書に手ぬぐいをグルグルと巻き始めた。
正確に言うと、手ぬぐいをくわえたリンが辞書の表紙に上り、背表紙の下を通って再び表紙へ……と辞書を中心にグルグルと回り始めた。そうしてリンが汗をぬぐう頃には、最初の膨らみが随分軽減された辞書が完成した。
「わあ、すごく薄くなったね……うん、カバンに入れてもゆとりがあるくらいだよ」
カナは辞書を何度もカバンから出し入れさせながら嬉しそうな声をあげた。
「それはよかった!」
息を切らしながら、リンは笑顔を見せた。
「疲れさせちゃってごめんね、どうもありがとう……あ、そろそろいかないと」
カナはチラリと腕時計を見た後、辞書をカバンに入れ、今まで一度も使われていなかったファスナーを最後まで閉めた。
「もうそんな時間? 楽しい時間はあっという間なんだから!」
リンは地面にぺたんと座り込み、両手を小さくパタパタさせながら口を尖らせている。
「また明日も会おう、リンちゃん?」
カナは中腰の姿勢で優しく声をかけた。すると、リンはその言葉を聞くなり一瞬で立ち上がり、宣誓のポーズをして応えた。
「もちろんさ! 今日よりもっと美味しいお弁当を作るんだからね!」
「ありがとう。 私も、とびっきりの木の実を見繕ってくるね」
ニコリと微笑んだカナは、軽く手を振った後、来た道を小走りで戻っていった。
「がんばってねーーーー!」
寂しさを少しばかり滲ませた、伸びやかで明るい声が高台に響き渡った。
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