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バックパッカーズ・ゲストハウス㊴「猫のツナパスタ」

 前回のあらすじ:劣悪な環境をものともしないタフな人間どもが集まるべきバックパッカーズ・ゲストハウスに迷い込んできた若き韓国乙女ヨンは泣いた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 同じ箱の中に住んでいれば、適当なヤツだということを隠すことも出来ず、ヨンからは、「だらしがなくて、みんなほど優しくない人」だと思われていたはずだ。ある日、

「日本人は何があっても約束を守ると聞きました。でもアナタは違う。どうして?」と怒られたことがある。理由は私が自炊していたことに起因する。
 例のコンビーフリゾットを何度か作る内に、毎食コンビーフを一缶使い、バターを大量に投入するのは贅沢だということに気づいてしまった。それで、コンビーフの量を半分に減らし、バターをマーガリンに変えコスト削減を試みた。当然味は落ちたが、それでもコスト削減路線をとり続け、最終的にはコンビーフもマーガリンもウェイパァーも入れなくなり、ただのケチャップをかけた米になった。

 二食ほどケチャップをかけた米で済ませた後に、なぜかケチャップに対してムカついてきて、「絶対に二度とケチャップを食べない」と誓った。
 誓いを立てた翌日、新たな自炊メニューを開発しようと、御徒町の方まで足を伸ばして、スーパーの棚を物色していると、五缶一セットで二五〇円のツナを見つけた。一缶三八〇円したコンビーフと比べれば大分安かった。とりあえず、聞いたことのないメーカーのツナ缶を二セット一〇缶分買い、鍋で米を炊くことに飽きていたので、一緒に業務用サイズのパスタも購入した。

 ゲストハウスに戻り、試しに茹でたパスタにツナ缶をかけただけで食べてみた。小学生の時に、ふざけて猫用の缶詰を食べたことがある。それと同じ味がしたので、間違えたのかと思い缶の表記を確認した。人間が食べるもので間違いなかった。

 もしかしたら自分の口がおかしいんじゃないかと疑い、うがいして、再びパスタを食べて、「マジか」残り九缶あることを考えてそう思った。
 私がパスタと格闘している所へ、ヨンがやって来た。彼女は本来可愛い子にしか許されない声色で、
「いいなー。スパゲッティー美味しそう」と言った。

「まずい」と忠告したが、ヨンは真剣にうけとっておらず、「今度私にも作って」とせがんだ。そこで私は適当に、「分かった」と返した。
 そのやり取りから一週間ほどたった頃に、ヨンに、
「日本人は何があっても約束を守ると聞きました。でもアナタは違う。どうして?」と怒られた。

 約束というほど大袈裟なものではなく、社交辞令だと思っていた私は、
「ずっと待っているのに、一体いつになったら約束を守ってくれるのか」と言う彼女と、性格ではなく文化による価値観の違いを感じた。
 よけいに怒らせることになるかも知れないが、とりあえずその場を逃れたくて、「今から作る」と言い、一旦怒りを抑えてもらった。本能的にヨンひとりに食べさせたらヤバいと思ったので、一回作ったきりで封印していた、猫のツナパスタを、彼女と自分の分作った。大サービスで一人前に二缶ツナを使った。

 何も知らないヨンは、嬉しそうに一口目に手を付け、直ぐに、「ウソだろ?」という表情をこちらに向けた。私は目だけで、「本当だ」と返した。
 それでも彼女は途中で、
「あなたはいつも、こんなものを食べているのですか?」と質問してきた以外は、黙って全部食べた。食べ終えた時には、二人とも疲れていた。

「ごちそうさま」と言った後に、彼女は、「ありがとう」と付け足した。
「お礼に片付けは私がする」と空いた皿を手に立ち上がったヨンに、私も、
「ありがとう」と言った。それで、仲直りだった。

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