『パーラー・ボーイ君』Vol.2「パーラー・ジージ 迷子になる」
ある日のお昼すぎ、家の庭でパーラー・ボーイ君とラロッカちゃんとハラルド君の仲良し3人組が、無意味に穴を掘って遊んでいると、そこへ自慢の愛車(73年型フォード)に乗ったパーラー・ジージがやって来ました。
今日パーラー・ボーイ君は、おじいちゃんと一緒に郊外のショッピングモールまで買い物にいく約束をしていたのです。
「パーラー・ボーイ君、それ終わったら行くよー」
ジージが、一生懸命作業をしているパーラー・ボーイ君に気を使って言います。
“それ終わったら”もなにも、元々ただ穴を掘っていただけなのでパーラー・ボーイ君はすぐに “うん、わかった”とスコップをほっぽりだしました。
「パーラー・ボーイ君、どこ行くの?」
「おじいちゃんとショッピングモールに行くんだ」
それを聞いてラロッカちゃんは、
「いーなー、わたしも行きたい」
と、うらやましがります。
おしゃまなラロッカちゃんにとって、ショッピングモールは毎日いってもいき足りないフェイバリットスポットです。
「よかったら、ラロッカちゃんとハラルド君も行くかい?」
おじいちゃんがそう言ってくれると、2人は“ヤッター!”と、意気揚々と車に乗り込みました。
☆
「おじいちゃん! 危ない、気をつけて!」
右から直進してきた車をゆびさしてラロッカちゃんが声を上げます。
「分かってるよ、うるさいなぁ、もう!」
ジージは、しがみつくようにハンドルを握りながら文句を言いますが、ラロッカちゃんが声を荒げるのも当然です。
歳も歳なので、しかたありませんが、前方しか見ていないジージの運転には、危険がいっぱいです。
当たり前のように信号の存在に気づかずに、突っ込んでいくことなんてざらです。
「ほら! そこそこ! バスがコッチに向かって――」
「分かってるって! もうッ。――ワシが免許を取ったのは、1960・・・・・・60・・・・・・」
おじいちゃんは自分が免許を取った年を思いだそうと、空中をボンヤリ見つめます。
「・・・・・・なん年だったかな?」
おじいちゃんが運転そっちのけで、助手席に座っているパーラー・ボーイ君に聞くと、そんなこと知っているはずのないパーラー・ボーイ君は、ハニカミ笑顔を浮かべます。
「もう! おじいちゃん、ちゃんと前見てよ!!」
ラロッカちゃんが、また悲鳴を上げました。
☆
やっとの事でモールに着いたときには、ラロッカちゃんとハラルド君は、ぐったりとしていますが、パーラー・ボーイ君とジージは元気いっぱいで、まずはアイスを食べよう! とノリノリです。
☆
「いたたたたっ」
フードコートでジェラートをかじりながら、ジージは歯ぐきを押さえます。
「昔はこんなこと無かったのに……」
と、少しさびしそうです。
「どうして? 歳をとると口の中が痛くなるの?」
ラロッカちゃんが不思議そうにしています。
「歯周病だから、冷たいものが歯に染みるんだよ・・・・・・」
「えー! そんなの絶対やだー!」
ハラルド君が言います。
「新婚旅行でバーバとローマに行った時には2人でよく、
ジェラートを食ったもんだがなー。2人ともまだ若くて、
映画の中のアン王女とグレゴリー・ペックを気取って・・・・・・」
ジージの昔話スイッチがONになりました。 こうなる
ともう、誰にも止められません。
「街角の小さなブティックで、素晴らしく美しい首飾りを見つけてな、ワシはどうしてもそれをバーバにプレゼントしたかったんだよ。でもハタチそこそこの若造だったワシには、とても手の出るような代物じゃなかった・・・・・・2人分の旅費を合わせてもまだ足りないような値段で――」
話の内容がロマンチック路線で、おまけに舞台がローマだったので、おしゃまでハーフイタリアーノのラロッカちゃんは“それで、それで!?”と食いつきますが、ジェラートを食べ終わったパーラー・ボーイ君とハラルド君は早く違う所に行きたくて、ウズウズしています。
「ワシも昔は、西海岸のイナズマと呼ばれた男だったから、そう簡単にあきらめるつもりもなく――」
ハラルド君が、パーラー・ボーイ君の袖をチョイ、チョイと引っぱり指差します。
見ると、ハラルド君の指差した方向には、風船をたくさん持ったライオンが歩いています。
まよわずに“もらいに行こう!”と席を立ったパーラー・ボーイ君に気づいてジージが声をかけます。
「パーラー・ボーイ君、どこへ行くんだい?」
「ボク、あれもらってくる」
「そうか、気をつけてな――それでなラロッカちゃん、ワシはそのイタリア野郎に言ってやったんだ――」
ジージは、大してパーラー・ボーイ君の行動に気をとめず話を続けます。
ハラルド君は風船をもらいながらライオンに聞きます。
「ねぇ、そんなにいっぱい風船を持って、宙に浮いちゃわないの?」
ライオンは返答に困って、しばらく考えてから、とりあえず“うん”と、うなずいてみせました。
「ライオンは冷たいもの食べたとき、歯に染みたことある?」
パーラー・ボーイ君が的外れな質問をすると、ライオンはパーラー・ボーイ君の言っていることの意味がイマイチよく分からないので、困ってしまいます。
また、しばらく考えてから、適当に“うん”と、うなずいて見せました。
「ライオンも歯周病なんだ! おじいちゃんに教えてあげよー!!」
パーラー・ボーイ君とハラルド君は、なんだか知らないけど嬉しくなって、フードコートの席に走って戻りました。
席に戻ると、おじいちゃんの姿が見あたりません。ラロッカちゃんが1人で座っています。
「あれ、おじいちゃんは?」
ハラルド君が聞くと、ラロッカちゃんは、
「ジージはトイレに行ってくるから、ここで待ってなさい、て言っていたわよ」
と答えます。
3人は言われた通り、そのまま待っていました。
しかし、いつまで経ってもジージは帰ってきません。
子供は大人よりも時間が長く感じるものです。ましてや場所はショッピングモール。浮き足立ってソワソワしている身です。
ハラルド君が待ちきれずに言います。
「ちょっとトイレまで様子を見に行ってみようよ」
「ダメよ、ここで待ってなさいって言われたんだから。きっと、もうすぐ戻ってくるわよ」
ラロッカちゃんは反対しますが、ハラルド君に、
「でも、ジージのことだから、もしかしたらトイレで倒れているかもしれないよ」
と言われると、
「それもそうね」
と、少し心配になります。
3人は一番近くのトイレまで、様子を見に行ってみることにしました。
☆
「どう、居たー!?」
男性用トイレの外から、ラロッカちゃんが声をかけます。
ハラルド君は用具入れの中を覗きながら、答えました。
「だめだ、見つからないよー!」
「おかしいなぁ、どこ行っちゃたんだろう」
3人はトイレの前で頭をかかえました。
「パーラー・ボーイ君、なにか心当たりない?」
ラロッカちゃんに聞かれますが、パーラー・ボーイ君は“さぁー”と頼りなくクビをひねるのみです。
「そもそもさぁ、パーラー・ボーイ君とジージは、今日なにを買いにモールまで来たの?」
ハラルド君の問いにもパーラー・ボーイ君は“さぁ?”とクビをひねります。
どうしようか、困ってしまった3人。
その時、ハラルド君が「そうだ!」と妙案を思いつきました。
☆
その頃フードコートでは、パーラー・ボーイ君たちと入れ違いに戻ってきたジージが、子供たちが居ないことに気づいてビックリです。
近くの席に座っていた、4人連れのおばさんに聞きます。
「ここに座っていた子供たち知りませんか?」
すると、おばさん達は、
「その子達ならさっき、『おじいちゃんを探しに行くんだ』て言って、トイレのある方に行ったわよ」
それを聞いて、ジージはおどけた感じで肩をすくめました。
「やれやれ、子供っていうのは、ほんと5分の間もジッとしてちゃくれないね、困ったもんだ」
おばさんも“ほんと、そうね”といった感じで肩をすくめました。
そこへ、ちょうど〝迷子のお呼び出しを申し上げます〟というアナウンスが流れてきたので、ジージは「どこも大変だなぁ」と、また肩をすくめます。
〝迷子のお呼び出しを申し上げます。グレーのジャケットに茶色のズボンを穿いた、歯周病で冷たいものが歯に染みるが、その昔は西海岸のイナズマと呼ばれた、60歳ぐらいのおじいちゃんを探しています。お見かけになられましたら、お近くの係員までお知らせください〟
放送を聞いて、周りの人がジージのことをチラチラと見ながら、クスクス笑っています。
ジージは、恥かしさと怒りで顔を赤くしながら、
「あいつら!」
と、つぶやきました。
(つづく)