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読書日記(2024年2月)

異動の内示に迫りくる年度末にと心身ともにあわただしくて、読み終わったときにあかるい気分になるような本ばかり、選んで読んだ2月だった。


起きられない朝のための短歌入門|我妻 俊樹・平岡 直子

自分のとっておきのものを差し出さなきゃ、ということにあまりこだわらなくなった。歌は自分の切り売りじゃないし、定型も言葉も自分にとって他者なんだ、という方向にだんだんシフトしたというか。

第1部 つくる

はやぶささんレビューをきっかけに手に取った本。
おもしろすぎて読んだ直後に個別で感想を書いた。

短歌というもの自体の魅力に引き込まれた話は上の記事でさんざんしたのだけれど、たとえ短歌に興味が持てなかったとしても、ことばを扱う趣味や仕事をしている人にとっては刺さりまくる内容だなあと思う。
たとえば引用した第1部では、最初の1首をいかに作るか、スランプにどう対処するか、ひいてはいかにして「ずっと作り続ける」か――ということが主題のひとつとなっている。
短歌という、自分とは少し距離のあるものに対して好奇心で触れ始めたはずが、いつの間にかエッセイや小説や、もしかすると文章以外の絵や音楽なんかも包含するような「持続可能な創作活動」の話が展開されている! と感じて、noteのはしっこで文章を書いている身としては、とてもどきどきしてしまった。

東京23話|山内 マリコ

 吾輩は区である。名前は文京区。

吾輩は文京区である

東京23区(+武蔵野市、東京都)が1人称視点で「自分」について語るという趣向の、一風変わった……なんだろう? 短編集? エッセイ? いや、エッセイではないんだけど、収録されている、一人称から口調から語るもののチョイスから本当に個性豊かなひとり語りには、小説というよりはエッセイと呼びたくなるような風情がある。
よいなあ、と思うのが、こういう趣向だと書きようによってはちょっと意地悪な内容に見えてしまいそうなのだけれどそうはなっていない、ということ。もちろん区の語り口や個性はそれぞれの「らしさ」を感じさせる程度には戯画化されているのだけれど、どれも人の営みを見守ってきた存在が昔を懐かしんだり未来に思いを馳せたりしている、という風情で、なんだかしみじみしてしまう。
全然知らなかった豆知識も満載で、春から上京するのが少し楽しみになる。

あたしたちよくやってる|山内 マリコ

 家賃の上限は12万、2LDKで最低でも六十平米は欲しいと言ったら、鳥飼さんは「うはっ!」と変な声を出して天を仰ぎ、事務所の奥へと引っ込んだ。

もう二十代ではないことについて

仕事やら引っ越し準備やらで生活が一気にめまぐるしくなり、本棚の前に立ってこのタイトルが目に入った瞬間、無意識に手に取ってしまった。そうだよ、あたしたち本当によくやってるよ。
ちっとも理想的じゃない生活や人間関係、ふとした瞬間に感じる鬱屈や生きづらさについてとてもリアルに書かれているのに、読み終わったときになぜかあかるい気分になるのが不思議。なにもかもが都合よく理想通りに進む世界についてことこまかに描写した『きみは家のことなんかなにもしなくていいよ』を読んでげらげら笑う。こういう妄想が特効薬になる夜があるのだ。

ちなみに私の最近お気に入りの妄想は、「物件ファン」が紹介している家での生活やインテリアを細部まで組み立てることです。

ハルカ・エイティ|姫野 カオルコ

 どうか推して測って、ラブリーな気分のまま、本の裏表紙を閉じてくださいますよう。

文庫版あとがき――後日談に代えて

『あたしたちよくやってる』の最後に収録されているのは80歳近くでDJデビューする女の話で、読み終わった瞬間『ハルカ・エイティ』を読みたくなった。おなじく強烈にラブリーで格好いい80歳の女が、ヒルトン大阪のティーラウンジでひとりコーヒーを飲む場面から始まる「ヒメノ式・女の一生」である。
最近は年を取ることが楽しみになるようなコンテンツが増えてきたように感じるのだけれど、私の場合、この本を上回る存在はまだ見つけられていない。多分死ぬまで、大事に持っている本になるだろうなあ、と思う。

とるにたらないものもの|江國 香織

 石けんを水やお湯で濡らし、両手で包んでするすると転がす。そのときの、手の中で石けんのすべる感触には、ほとんど官能的なまでの愛らしさがあると思う。

石けん

凜さんに本をおススメするという栄誉にあずかり(その結果生まれたすてきなブックレビューはこちら)、挙げた本のうちの1冊を読みかえしたくなった。
日常生活の中にあるとるにたらないものもの(輪ゴムとか、下敷きとか、石鹸とか)が、このひとの手にかかるとなぜこんなに愛しいものに見えるのだろうと、読むたびに感嘆するエッセイ集だ。引用した一節には難しい言葉も奇をてらった比喩やオノマトペもなにひとつ使われていないのに、なぜこんなにうつくしい文章に仕上がっているのだろう。
凜さんのレビューを読んで目線が少しリセットされたのか、いつになく新鮮な気分で読み返せた。江國さんは意外と理論のひとだ、と思う。好き嫌いというどこまでも感性と感情の領域にあるものを、それがなぜ好きなのか、という点について言葉を尽くして説明している。それに、言葉というものに対してすごく潔癖で頑固。でも結果として文章全体から受ける印象はちっとも理屈っぽくなくて、それが不思議だ。




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