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架空旅行記A#12

「痛ててててて…。…寒っ。」
ここはどこだ?
とにかく寒くて体が痛い。

目を開けると目の前に
薄汚れたスニーカーの底が見えた。
ああ…そうか。
BENDERだ…。


コンビニ前にてVとたくさん話をした。
去年彼の父が亡くなり
家業を継ぐことになったこと。
Dとは小学校からの幼馴染であること。
仕事を継いだら今のようなペースでは
活動ができなくなる事。
最近別れた彼女のことも
教えてくれた。

「そっかぁ。いろいろあったんだね…。大変だったね。でもさ、バンドは辞めることないよ。ペースが落ちようが、一時的に動きが止まろうが、バンドであることに変わりはないはずだよ。」

それを聞いてVは大声をあげて泣いた。
きっとずっと引っかかっていたつっかえが
取れたのだろう。気が済むまで泣けばいい。

だが道ゆく人々からの視線をやたらと感じて
私はハッとした。
これはどう見ても偉そうなおじさんが
説教かなんかして若者を泣かせている
様にしか見えないではないか!
なんだか私の方が頭を抱えたくなってきた。

とりあえずVをなだめBENDERへ戻る事にした。
ごめんね、お待たせー!
とドアを開けると皆大笑いで酒を飲み
何やらとても盛り上がっていた。

どうやら友人が気を利かせ無礼講ということにし
店の酒を飲みまくっていたようだ。
友人も辞めていたはずの煙草を吸っている。
「ああ、ヒョン!遅いですよ!もう今日はエブリシングOKにしたので楽しみましょう!」

机の上に袋をドンっと置くと
皆次々と酒を取ってゆく。
私もビールを取りプシュっと開ける。
かんぱーい!
高々と缶や瓶を掲げる。

VとDが肩を組み合い
照れくさそうにお互い謝っている。
ははははは!と笑い合い
持っていた酒を一気に飲み干した。
これでわだかまりも解けたことだろう。
我々も続いて一気に飲み干した。

「ヒョン…、遅かったけど大丈夫でしたか?こっちはまあ、みんなと色々話せて良かったですけど…、Vは大丈夫でしたか?」

「ああ、ごめんごめん。でもこっちも色々話せたよ。バンドはどうなるかわかんないけど、続けるみたいだし、本当人生いろいろだねぇ。」

やはり思うのはバンドは生き物だということ。
良い時もあれば悪い時もある。
バンドが止まる理由なんて山ほどあるし
歳を重ねるごとにそれは増えていく。
推しは推せる時に推せ
なんて言葉も最近聞くが
まさにその通りで、
どのバンドでもいつでも無くなる
可能性に満ちている。
続く理由の方が少ないくらいだ。

いやはや、
人生いろいろだねぇ、などと話していると
チャンが携帯を見ながら急に慌てだした。

「ああ!もうすぐそこです!もう来ますよ!」
そう言って外へと駆け出した。

何事かと思いGに聞くと、どうやら出前を頼んでいたようだった。はぁ、良かった。
もう揉め事は懲り懲りだよ。

ジャーンと言いながら意気揚々と戻ってきたチャンはテーブルに袋を置き料理を丁寧に並べてゆく。

おお!これは!
タンスユクにチャンポン、それにチャジャンミョンだ!湯気が立っていて実に美味そうだ。

タンスユクは韓国の酢豚。
チャンポンは長崎チャンポンのようなものだがスープは真っ赤で結構辛い。
ムール貝やエビやイカ、海鮮がたくさん入っている。
チャジャンミョンはジャージャー麺のようなもので
茹でた麺の上に黒っぽい甘味噌で炒めたような餡が掛かっている。
これらは韓国における中華料理といったところだ。

Gが取り分けてくれたチャンポンを受け取り
まずはスープを啜る。
んん!辛い!これは辛い!
しかし後から海鮮の旨みが追いかけてくる。
これはいいな。なんだかシャキッとする辛さだ。
太くてモチモチな麺ともとても相性がいい。
ソジュをクッとひと口飲む。実にいい。

チャンはチャジャンミョンが好物らしく
箸を両手に一本ずつ持ち
鼻歌を歌いながらよく混ぜている。
実によく似合っている。

VとDがタンスユクの前で
なにやらまた小さく揉めている。
ああ、これはあれか。
タンスユクは日本の酢豚と違って
揚げた豚と野菜などが入った甘酢餡が
別々になっている。
これを掛けて食べる派とつけて食べる派に
わかれることがあると聞いたことがある。
きっとそれで揉めているのだろう。
なんだか微笑ましいな。

「ヒョンはどっち派なんですか?!」
と凄い剣幕で友人が聞かれている。
「俺は…はじめはつけて、途中から掛けてだなー。」と答え、皆おおおお!となった。
実に模範的な回答だ。こんな時は特に、
その食べ方ならどちらも納得出来るはずだ。

私はその答えに少し感動して
肘で友人を小突き、親指を立ててから乾杯して
クッとソジュをあおった。
韓国人は乾杯が好きで何度もします
と聞いていたので、それに習って
たくさん乾杯するようにしている。
郷に入れば郷に従え、だ。
そして、実は友人がつける派だということを
私は知っていた。
本当に優しい男だ。

私も含め皆ひどい飲み方をしていたため
順に限界を迎えステージの床へと
倒れていった。
まあコンクリのフロアよりかは
幾分かはましなのだろう。
気づけば私もステージの隙間を見つけ
横になり眠っていたようだ。

あー、頭痛いな…。
完全に飲み過ぎだ。
今何時なんだろ?
時計を見ると10時過ぎとなっているが
地下なので実感がわかない。

んーっと伸びをして
階段をゆっくりと上がり
外へ出てみる事にした。
うわっ、朝日がまぶしい…。

外は驚くほど現実的に時間が進んでいて
街はもう朝の忙しなさで溢れていた。
車道にはたくさんの車が並び
お店もそれなりに開いているようだった。

煙草に火をつけ
天を仰ぐと嘘のような晴天で
なんだか自分が場違いなところに
いるように思えた。

トイレの洗面台でうがいをし
冷たい水で顔を洗ってから
薄暗い階段を地下へと戻る。
ギイっと扉を開けると皆起きていて
なんだかゾンビのように動いていた。

「ああ、ヒョン、おはようございます。とりあえずみんなで朝ごはん食べて一回解散しますか。二日酔いにはやはり参鶏湯がいいです。」

きたーー!
ついに食べれそうだぞ!参鶏湯!

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