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「記者」という職業が今、帰路に立たされているという話

先日、お世話になった先輩と久しぶりにお会いする機会がありました。その先輩は、全国紙でバリバリ働く優秀な記者でしたが、少し前にその仕事を辞め、今は全く別の業界で働いています。時を同じくして、「毎日新聞が富山から撤退」という衝撃的なニュースも…。

先輩の苦労話や、毎日新聞のニュースを見聞きする中で、「記者」という仕事が今まさに大きな岐路に立たされているように感じます。たくさんの「ヤメ記者」の方のnoteや、その他ネット上の情報からもヒントを得ながら、考察をまとめようと思います。

13人の「ヤメ記者」の、その後

元記者の知り合いはたくさんいますが、今回は私のバイアスを排除する意味で、あえて全く知らない13名の方の、ネットで公開されているキャリアを拝見させていただきました。

記者を辞めた次のキャリアとして、次のような仕事を選ばれているようです。

●フリー(Youtuber、ライター、コラムニスト)
大手コンサル
特殊清掃会社
アイドル
広報
NPO法人
WEBライター
バー経営者
大学院の博士課程に進学
フリーライター
フリーライター
大学院
IT大手

記者職の経験やスキルを活かした転職としてイメージしやすいのは、やはり「ライター」や「広報」でしょうか。元記者であることをオープンにして活動することで、現在の仕事にも良い影響がある、という事情もありそうです。

一方で半数以上の7人が、大手コンサルやIT企業、アイドルやバー経営者など、一見すると記者のスキルが発揮される機会はそれほど多くなさそうな仕事に転身された方がいらっしゃいます。

なぜ記者を辞めたのか。その理由は?

それぞれの方が辞められた理由について見ていくと(それぞれに深い事情があるのはもちろんですが、その上で)、いくつかの傾向が見えてきました。

◆ 結婚・子育てなど

●共働きの子育て世帯が、転勤族であり続けることは難しいと判断
●夫が転職したことが1番の理由。ー記者をしながらワンオペで育児なんて、できない
●新聞社を辞める転機となったのは、2016年4月の熊本地震。ー「いつ帰ってくるの?」そんな時、子どもからの一本の電話が退職への大きなきっかけになったといいます。完全に吹っ切れましたね。子どもといる時間より、大事な仕事ってあるのかなと

▶これは記者という仕事の真髄を示している気がします。転勤あり、残業あり、家族との時間も満足に取れないこともあり…それでも、現場に向かっては丁寧な取材を重ね、一本の記事を書く。そんな"人生をかけるような仕事"と、"自分の人生"とがどうしても折り合いがつけられなくなった時…初めて「辞めよう」という決断に至ったという、それぞれに複雑な感情も垣間見えます。

◆ 別のやりたいことへの挑戦

●もともと、一度はフリーランス転向や転職といった「人生リセット」をやってみたいという志向
●YouTubeというメディア空間に、おもしろくて、ためになる動画が増えたらいいな、というのが3年間、地道に公式チャンネルを運営してきた延長線にある望み
●私が新聞社を辞め、中学生・高校生と関わることにしたのは「今の10代は競争に追われすぎている」と感じたから
●「農作物を研究して現場に役立てたい」という思いが強くなり、退職。今は「取材する人からされる人になる」を目標にしています

▶︎こちらは人材の流動性が高まった今の時代ならでは、とも言えるかもしれません。記者として社会課題と向き合い続けた先に、「現場や最前線に立ち、取材ではなく自分の手足で貢献したい」という考えに至り、思い切って新たなステージに歩んで行かれる方も、少なくないようです。

◆ 記者の仕事への失望や不安

●裕福な政治家ではなく、誰かが代わりに社会に向けて叫ばなければ、声が届かない人たち。その声を拾い上げるために、記者になったのではなかったのか。無論、歴史のページを紡いでいく政治記者の仕事が意義深いとは認識している。ただ、政治家のレコーダーとなり、官僚のスピーカーとなり、あれこれ憶測を立てる。そんな人生を送り続けるのが、堪らなく嫌になった。
●孤独死、超高齢社会の最前線の情報を呟き・社会への貢献より目の前の人の幸せを目指す方が好きな自分でいられる
●人の時間を奪って全国に晒して商品にして利益を受け取って、それなのにわたしはその人に何のお礼もできない。この搾取感が小心者のわたしにはかなりしんどかった。
●「10年後は紙の新聞がなくなるかもしれない」といわれる中、将来のキャリアを現実的に考えるのは当然のことだった。このまま新聞社に残るべきか、残った場合、何年間新聞社は存続するのか。私も頻繁に転職サイトを見ていたのを覚えている。でも、なかなかやりたい仕事が見つからないんですよね、、、、
●事件事故を担当する中で、心身の体調を崩したことがきっかけ
●威張ってるおじさんおばさんの多くが事件事故のスクープにしか価値を見いだせておらず、若手もそういう雰囲気に染まっている人が多くて、私の価値観は理解されにくいことが多々ありました
●先進的な報道をしている割にはすごい悪習だらけの職場だなあと衝撃
●ちょっとした違和感や不安の積み重ねですね。記者という仕事は好きだったんですが、新聞という媒体や、新聞社という会社が時代の流れに追いついていないと感じて不安になりました。

▶︎これらは非常にリアルな指摘だと感じます。「思い描いていた理想の記者像」とは異なる実態や、徐々に遠ざかっていく変化に失望し、不安を抱き、最終的に「辞めよう」という決断に至るまでの心の揺れ動きが見て取れます。「できれば続けたかった」という声に応えられない現実に、メディア企業は真摯に向き合う必要があるのではないでしょうか。

「ヤメ記者」の声から垣間見える2つの示唆

①記者の仕事そのものを、時代に合わせて変化させていく必要

多くの「ヤメ記者」の方が、「記者の仕事自体は好きだった」と語っています。しかし、結婚や出産、子育て、あるいは激務による体調不良といった外部要因のために、どうしても辞めざるを得なくなった、と。人生の選択として悩んだ挙句、別のステージへのチャレンジを選択していました。

そこには、新聞社やテレビ局などマスメディアならでは古い社風や仕組みも少なからず影響しています。あらゆるストレスに耐えられた人だけが次のステップに進めるシステムが、今なお色濃く残っているわけです。

一方で興味深いのは、辞めた後に記者という仕事を振り返って、「今ならもっと良い記事が書けそう」という声も少なくない点です。様々な人生経験、多様な社会経験を積み重ねた今こそ、もっと深みのある取材や記事ができるのではないか、と。

↓ミドリさんは、「もし私が今、いまのポジションに就いたまま新聞記事を書けるのであれば、より深く、そして多くの人の心に届く記事がかけるような気がする。新聞社で働く人のキャリアがもっと多様になったらいいのになー」と綴っています。

これらの示唆から、記者という仕事が時代に合わせて、より柔軟に、より多様に変化していく必要があるのではないかと思えます。具体的には、

  • 強制的な転勤をなくす

  • 副業や兼業を可能にする

  • 激務を前提としない働き方の仕組み

  • 一度辞めてしまった元記者の復帰をサポート

  • 結婚出産育児や病気でも続けられる柔軟な仕組み

…といったことが挙げられるのではないでしょうか。もちろん「言うは易し」ではありますが、そうはいってもこれらを真剣に考えていかなければ、優秀な志のある記者はどんどん辞め、復帰もしてもらえない業界のまま、衰退していくのを黙って見守るしかありません。

②記者の「業務スキル」が分解され、多方面へ分裂していくトレンド

記者という仕事はニッチな仕事で、応用が効かない、とよく言われます。そのため記者を辞めた人が、別業界へ行ってしまうケースが少なくありません。しかし、よくよくその先で何をやっているか具体的に見てみると、実は記者時代に培ったスキルを見事に活かしているケースがあります。

例えば「取材して記事を書く」という記者の仕事は、物事を調べる・人の話を聞く・問題や数字を分析する・わかりやすく再構成する・文章にまとめる、といった作業の連続です。これはリサーチャーや、ニーズをヒアリングする営業職、あるいはアナリストや企画、資料制作などなど、多種にまたがる職業スキルを、全て兼ね備えているとも言えます。

また、記者にとっての「ネタを見つける」という仕事は、読者(≒消費者)のニーズを予測して動く、というマーケティングに近いとも言えますし、さらには政治家や行政機関とコミュニケーションを図るという仕事は、ロビーイングや自治体コンサルとも通じるところがあります。

このように「記者」という仕事を棚卸ししてみると、意外と多岐に渡る業務を、一人ひとりの記者が担っている事実に気づかされます。それが昨今、人材の流動化に伴い、記者を辞めてコンサルやIT業界、PR業界など多方面に「分裂」する事態を生んでいる背景にあるように思えます。

ただ問題は、それが一方通行の片道切符だといういう事です。①のように「どうしても続けられなくなった」から記者を辞め、そして②のように「スキルを活かして他業種に移る」という人が後を経ちません。逆に、「中途で、初めて記者にチャレンジします!」という人は皆無です。

優秀な記者が次々と辞めていく状況は、長期的には社会にどのような影響をもたらすでしょうか。ただでさえ人手不足が続く社会において、「記者の担い手不足」の問題が深刻化し、気けば時すでに遅し…なんてことにならないことを祈ります。


(*下記の方々のnoteも参考にさせていただきました)

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