”我慢”し続けた自分へ
今日という日を苦しんで、今日という日を我慢して
いつかくる日を楽しむのではなく
今、この時、この瞬間を、楽しく、暖かく過ごすことが大切なんだ。
今を輝かせることが、未来を輝かせることなんだ。
君たちと毎日を過ごす中で、君たちから教えて貰いました。
小学校の卒業式で、恩師から頂いた言葉を思い出していました。
私の小学校は、同級生が20人。各学年1クラスしかない、小さな学校でした。6年間を、クラス替えなく、同じクラスで過ごすため、とても仲が良かったのを覚えています。
本当に、毎日楽しかったなぁ。
先のことなんて考えずに、その日、その日のことで頭の中はいっぱい。
とにかく笑って、毎日を過ごす私たちを見て、先生は思ったのだと思います。
小学校の時、先生に教えてあげることができた、大切なことを
私は、出来なくなっていました。
報われる日が必ずくる、というのは間違ってはいないようにも思いますが、
考えることはいつも、いつかくる未来のことになっていました。
大学での、部活動での話です。
私に部活で与えらた役割は、主務とアナリストという仕事。選手ではありません。
主務の仕事は、当時、学年をまとめること、練習の時間配分をして、声出しをすること、学年のミスの責任をとること、その他色々...
アナリストの仕事は、簡単に言えば、プレーや戦術に関する情報を収集・分析・伝達すること。
アナリストとして、チームの為に何が出来るだろうか。
毎日考えて、沢山努力しましたが、チームはあまり、アナリストを必要としていませんでした。
普段の練習中は空気のような扱い、試合前になれば過剰要求。
とても、アナリストがやりがいを持って部活に参加出来る環境ではありませんでした。そんな毎日を過ごします。それでも私は、心の中で思っていたのです。
大学4年生になったら、自分が変えてあげるんだ。
アナリストという仕事を、しっかりスタッフとして確立させて、これからアナリストとして入部してくれる子たちには、自分と同じ嫌な思いはさせたくない。
大学4年生になるまで、私は沢山の準備を始めました。
まずは、東海地区で一番のアナリストになりたい。
独学で勉強し、出来ることはなんでもしました。ビデオカメラを新しくしたり、分析ソフトを新しくしたり、ミーティンングを開いたり...月日を重ねるにつれて、出来ることを着実に増やしていきました。
代替わりをして、4年生になりました。
待っていた現実は、コロナの影響で、部活動活動停止。大会は中止。思うように行動できない日々。
最後の一年で、チームのみんなの為に頑張って、少しでも良い思いが出来ればと続けてきた部活。
今も、最後の残された大会が開催できるかは不透明で、日々の部活でさえ満足な状況下では行えていません。
私は、思い知らされました。
いつ、何が起こるかは分からないし、当たり前にくると思っていた未来が、必ずくる保証なんてどこにもないんだと。
自分自身に問いかけます。
私の、部活で過ごしていた3年間は、輝いていただろうか。
我慢ばかりで、辛い思いばかりして、当たり前のように、大学4年生の1年間を迎えるために、頑張り過ぎていたのではないか。
もちろん辛いことばかりではありませんでした。アナリストをしてよかったなぁと思うことも沢山あります。これまでの過程が無駄になったとは思っていません。
ただ、小学生の頃のように、もっと気楽に、もっと悩まずに、今を楽しむことを考えてもよかったんじゃないかなぁ。
一方で、精一杯、逃げたくても逃げ出さず、頑張り続けた自分がいるんです。
誇りに思うことにします。
時には、間違いなく、未来のために頑張ることの積み重ねも必要です。
でも、これからは、
”その時々で、今を楽しむこと。自分の幸せも考えること。
自分から生まれた幸せで、誰かを幸せにすること”
も考えていけたらいいなぁ!と思います。
今回長くなりました💦
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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