記事一覧
【最終回】連載長編小説『赤い糸』17
17
足が宙に浮く感覚があった。それでいて妙に落ち着いている。ようやく、帰るべき場所に帰れるような不思議な感じだった。
俺が殺人犯なんだときちんと話そう。理解されなくても、泉にだけは伝えなくてはならない。泉の幸せを、史緒里の平穏を奪ってしまったのだから。
取り戻すことなどできないが、自分の口で事実を話すことだけが、たとえ自己満足でも、唯一の誠意の見せ方だと思った。
昇降口
連載長編小説『赤い糸』16-2
文字通り、修也は路頭に迷った。父と別れた後、行く当てもなく道という道を徘徊し、目の端に橋や対向車が映ると、体が浮いたようにふっとそちらに靡くことが何度もあった。
おまえは殺人犯だと唐突に言われて受け入れられる者などいないだろう。
身に覚えがないことだ。おまえは殺人犯だと言われても、何の冗談だと笑って一蹴する者が殆どなのではないか。
修也もできればそうしたい。だがなぜか、くちゃくちゃと弾力の
連載長編小説『赤い糸』15-3
例によって店長は五分ほど早く上がらせてくれた。たった今来店した客のオーダーを取って厨房に戻ると、今日はこれで上がっていいと言われたのだ。
すでに賄いも用意されていた。
出勤した時に「今日は店で食べて帰ります」と伝えていたため、テイクアウト用の容器ではない。丼鉢には石畳のように敷き詰められた牛肉がすでに見えていた。
母と和解したとは言えないが、賄いに関しては父の話を知る以前と変わりはなかった
連載長編小説『赤い糸』15-2
「これから病院に行くんだけど、修也都合どう?」
掃除当番で教室の床を掃いていると麻衣に声を掛けられた。すぐ後ろに薫子がいるから、二人は一緒に見舞いに行くのだろう。二人はいつも一緒に泉の見舞いに行っていた。
思えば不思議な組み合わせだ。泉が自殺を図って以来、二人が一緒にいるところをよく見るようになった。麻衣は薫子を目の敵にしていたはずだが、泉を心配する薫子を少し見直したのかもしれない。
昨日の
連載長編小説『赤い糸』12-2
すでに太陽は沈んでいる。外灯の乏しい路地は深海のように暗かった。今日は曇り空で月もなく、気味が悪い。
背後に人が立つと、男の修也でも背筋が寒くなる。麻衣は修也の何倍も恐怖を感じているはずだった。丼屋へと向かう道すがら、夕闇深い道を歩いていると、午前中に南から聞いた話が意図せず再生される。
十字路の死角からカタカタと自転車のペダルが回る音がして立ち止った。自転車は修也の通う高校の方角から走って