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前を向け。目を見開け。キミは何を見る。何を見たい。その瞳に。【丸】

「よく見えないなぁ」

ボクは、ただ前だけを見ていた。
そして、一点に集中していた。
全ての力をその一点に注ぎこむ。

後ろから小さく声がする。

「うえ。うえ。」

そうか。上なのか。

そうか。コイツは。アホなのか。

ボクには見えない。
上か下かどうか。

それは1つの丸で。
ぼんやりとした丸だった。

ボクは、ゆっくりと、目を閉じた。
暗闇の中に、小さな丸が見えた。
その丸に、よぉ~く目を凝らすと

間抜け面した3人が、何とも愉快そうに、手をつないでいた。


ほんのりと鼻を刺激する、消毒液の匂いが好きだ。
クレゾールとかエタノールとか、ありとあらゆる薬品が混じり合って作り出される、独特の香りが好きだ。

それは、ガソリンスタンドの匂いが好きなように。

臭いと分かっていても、ついつい嗅いでしまう、靴下のように。
人に話すと『えっ』と、そんな顔をされる匂いが好きだ。

そんな独特な匂いが好きで、
そんな独特な匂いに囲まれている空間が好きで、
そんな空間が、ボクの学校にある。

保健室だ。

あまり顔を出すことのない場所だから、
一段とこの匂いに引き込まれるのかもしれない。

そして、そこには、いつも優しくほほ笑む、保健室の先生が・・・

いない。

「うげぇ。なんか。エタノールくせぇ」
お調子者のケントは、ニヤニヤしていた。

「確かに、独特な香りがするよな。保健室というものは。」
自分探しにハマっているタケルは、保健室の匂いを、感じ取っていた。

「ボクは、保健室の匂いは、わりと好きかな」

「ワタシも、この匂いは好きかもしれない。この何とも言えない香り。言葉で表現できない。そう、そのもどかしさが、ワタシがこの香りが好きな理由の一つなのかもしれない。しかし、本当に好きな理由は分からない。なんとなく好き。そんなありきたりの言葉で終わらせてしまうことも・・・」
自分探しのタケルは、この匂いが好きな理由を考えていた。

「みなさん。集まりましたかぁ。」
先生の声がする。

「みんな、集まっているようなので、始めていきたいと思います。以前から説明していましたが、いまから検査を行います。各検査場所に先生がいるので、そこにいる先生の指示に従うこと。以上」

「いよいよ。オレの力が解放される時が来たな」

「今まで抑えてきたのか」

「まぁな。封印されし我が力を見ても、お前は友達でいてくれるか」

「いや。封印されし、お前の中二病が解放されているから、友達はちょっときついかな」

「そうか。お前は中二病と思っているんだな。ニンゲンとは愚かな生き物だ。」

「お前は。ニンゲンじゃないのか」

「ワレは。ニンゲンではない。この体も、仮の入れ物にすぎん。そして、この」

「おぉーい。次のヤツはだれだ。いないのかぁ。」
先生の声がする。

「あぁ。はーい。すいません。オレです。オレです。」

「また。お前か。さっさとしないと、課題だすぞ。お前専用のな。」

「先生。それは、勘弁してくださいよ~」

「どこへ行った。お前の封印されし力は。」

「もうちょっと封印しとくわ。先生に目を付けられたら、まずいしな」

「ちょろいな。お前の封印は。」

「ほっとけぇ」

そして、検査がスタートした。

ケントの番が終わり、いよいよボクの番だ。

足元に貼られたガムテープに、つま先をそろえる。

そして、黒いスプーン(遮眼子)を目に当てる。

「それでは、始めるぞ。これは」

「下」

「これは」

「えぇ~と。右」

「なら、これは」

「うぅ~ん。下ですか」

「これは見えるか」

「よく見えないです。」

ボクは、目をカッと見開いて、全神経を集中させた。

そんな中。
どこからか声がする。

「うえ。うえ。」

そう。封印されしバカの声だ。

コイツは、どうやら、この検査の意味を理解していないらしい。

それもそうか。ニンゲンじゃないもんな。


ボクは、黒いスプーンを検査台に置いて、そっと目をつぶる。

分からない。
丸のどの部分が欠けているかなんて。

よぉ~く、見ると分かるのかもしれない。
欠けている部分が。


だけど
そんな欠けている部分に目を凝らすより、
ボクは、このぼんやりとした丸が、好きなのかもしれない。

コイツらとつくる、このブサイクな丸が。

ゆっくりと、目を開けるボク。

疲れた目に、かすかに映るのは、
欠けることのない、まんまるとしたまるだった。


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