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キミの手に触れたい。一度だけでいい。ボクの前に。広げてくれないだろうか。【棒立ち】

その手に、触れることは、叶わなかった。


初めて抱いた感情ではないだろうか。

こんなにも、誰かの手に触れたいと思うなんて。

いつも目の前にあって、せわしなく動く手。
テスト時間に鉛筆を転がす手。
眠そうな顔をしながら、あくびを受け止める手。

どこかごつごつしていて
どこか落ち着く手。

近くにありすぎて、今まで意識なんてしていなかった。

でも、いつのまにか、その手だけを見つめていた。

こんなにも、その手を欲していて
こんなにも、近くにあって
こんなにも、届かないなんて

これほどまでに、遠いなんて。

それでも、ボクは、諦めない。
たとえ、この身が滅びようとも。


「さぁ。どうするよ」
お調子者のケントが、ボクの目をじっと見つめていた。

「『どう』って言われても。まだ、始まったばかりだしね。まずは、気持ちを落ち着かせるよ。」

「はらゆうの言う通りだな。焦ってはいけない。気持ちを安定させるのが先決だ。」
自分探しにハマっているタケルは、優しく助言をしてくれた。

「オレは、どっちだっていいんだぜ。お前のタイミングで始めてもらっても」
不敵な笑みを浮かべるケント。

「今、ワタシたちに求められているのは、忍耐なのかもしれない。焦りと苛立ちを、どうコントロールするか。気持ちにゆとりをもって、冷静に判断しなければならない。そう、それは、人生と同じなのかもしれない。焦れば焦るほど・・・」
自分探しのタケルは、人生と焦りについて語ってくれた。

ボクらは、お互いに向かい合っている。
ボクらしかいない、この不毛な大地で。

草木一本生えていない、殺風景な世界。

空気が張り詰める。
呼吸が苦しい。
まるで、ボクらの周りだけ、酸素がないような気分だ。

でも、焦ってはいけない。
ここで慌ててしまえば、ボクは、コイツの手に触れることは出来ない。

ボクが、心の底から求めているその手に。

「どうした。いつでもいいんだぜ」
ケントが、ボクの目の前で、手をヒラヒラさせている。

ボクは、その動きに翻弄される。

『平常心。平常心。』
心の中で唱える。

しっかりとその動きを目で追い、チャンスを待つ。

「お前も、慎重だなぁ」
ケントが、少しだけしびれを切らしているようだ。

「まぁね。」

「お前が来ないなら、オレからだ!」
ケントが、ヒラヒラさせていた手を、ボク目がけて突き出してくる。

「危ない」
ボクは、とっさに自分の手を引いた。

「おぉっと。ひょえ~。あぶねぇ。あぶねぇ。」
ケントは、じゃっかん、体がふらついていた。

「あと少し、遅かったら、ボクも、危なかったよ」

「よくぞ耐えたな。ケント。」
タケルは、横で感心していた。

またしても、緊張が走る。

ボクの、力もたまってきている。
ボクの、心も落ち着いてきている。

次は、ボクの番で、ボクの全てを懸ける番だ。

「そろそろ集中力が切れてきたわ」
ボクは、ケントに話しかける

「オレも!オレも!さっき体勢が崩れたせいで、一気に疲れちった」

「べつに、ボクは、そこまでお前の手に触れたいわけでもないし、終わってもいいんじゃない」

「お前がそう言うなら、終わりにするか。結構、楽しめたしな」

「だね。なんだか、楽しかったよ。」

相手の油断を誘う。

それは、ひとえに、コイツの手に触れたいから。
そのためなら、ウソだってつく。
それほどまでに、飢えているボクがいた。

「ふあぁ~。何か気が抜けたわぁ~」

ケントが、あくびをしそうになった。

そして、手が動き出す。
無意識に、その口を抑えるために。

『今しかない!』

ボクは、蓄えていた力を、一気に放出する。

その手、目がけて。

一瞬の出来事だった。

ボクの手は、冷たい荒野の上にあった。

触れられなかった。
ボクの全力をもってしても。
ウソまでついても。

「惜しかったな」

ボクは、声のする方を見上げた。

勝ち誇った笑みだ。

「一筋縄ではいかないな、お前の手は」



ボクは、手押し相撲に敗れた。

その手に
想いをぶつけることができなかった。

その手に
触れることが出来なかった。



近くにあるように見えて
本当は遠くにあるのかもしれない。

どうでもいいように見えて
どうでもよくない手が。


ボクは、手についた砂を払った。

「なかなか。いい闘いだったよ。」

目の前に、どうでもいい手が差し伸べられた。


どこか

ごつごつ

していて

どこか

安心する

どうでもよくない手だ。


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