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近すぎると。見えなくなってしまうんだ。【真っ暗闇】

「だ~れだ」

ボクの視界が暗くなる。

まぶたの上に感じる、温かい手の感触。

その温かさを感じるも、ボクの目の前は、真っ暗だ。

それが手であることは、分かっている。
そんなしょうもないことをするのが誰かも、分かっている。

分かりきったことである。

でも、そんな中で、ひとつだけ、分かったこともある。

それが手であれなんであれ近すぎると見えなくなってしまうことを。

覆いかぶさったその手に、ボクの手を重ねる。
そして、ゆっくりと、その手をどかす。
目の前には、どうしようもないヤツらの、溢れんばかりの輝きが広がっていた。


「はぁ~い。それでは、次の授業は、別の教室となりますので、忘れ物がないようにしてくださいね。あと、授業が始まる前に、教卓の上へ、先日だした宿題を提出しておくこと。それと、名前も忘れずにね」

「移動教室♪移動教室♪オレの宿題どこいった♪家かな?家だよ♪大変だ♪」
お調子者のケントは、どうやら宿題を忘れたらしい。

「いつもと違う教室だと、気分も変わるから、授業に身が入るよな」
自分探しにハマっているタケルは、移動教室の良さを実感していた。

「それな!教室が変わると、気持ちも変わるよな!分かるわぁ。」

「同じ場所に居続ける大切さもある。永くいることでしか知れなかった良さなどもある。しかし、常に同じモノに触れ、同じ場所に居続けては、その人の視野を狭める危険性も考えられる。そして、気分を変えることも難しい。そうすると、今いる場所から・・・」
自分探しのタケルは、移動する大切さを語っていた。

「だよな!移動することで、気分を変えられる。授業にだって集中できるしな!」

「ボクが見る限り、ケントはほとんど、頭をコクコクさせているイメージだけど」

「あまいな。お前の視点は実に甘い。」

「そうなの」

「そうだ。お前は、オレの後頭部しか見ていない!違うか?」

「そりゃあ。お前の後ろに座っているから、必然的に後頭部を見ることになるよね」

「だろ!はらゆうは、前からオレを見たことがあるか。横からオレを見たことがあるか。」

「いや、ないけど。いきなり授業中に席を立ったらヤバいヤツだろ。もし立ったとしてだ。先生に『なんで席を立ってるんだ?』と聞かれるだろ。どう答える。『ケントの顔を、前から見たくなりました』って答えるのか。もう、学校に来れなくなるわ」

「それは、あるな。つまるところ、お前は、オレを後ろからしか見ていない。オレの頭がなぜ動くのか?それは、相づちを打っているからだ」

「そうか。そうだったのか。ごめん。勘違いしてたよ。お前が寝てると思ってた。先生も勘違いするんだな。前から見ているのに。」

「まぁ。ここまで言ってなんだが。寝てしまっているんだけどね」

「知ってるよ。あと、宿題を忘れたなら、授業が始まる前に、先生に言った方が、良いんじゃない」

「たしかに、それもそうだな。行ってくるわ。先に向こうの教室に行ってて」

「だね。長くなるかもしれないしね」

「大丈夫だ。正直に話せば!じゃあ!」
ケントは走り去っていった。

そして、ボクとタケルは、先に教室へ移動した。

しばらくしても、ケントは帰ってこない。

ぼくは、教室を見渡していた。

すると、
目の前が
真っ暗になった。

「だ~れだ」

そんな声とともに。

少しゴツゴツした手
少し汗ばんでいる手
少し温もりを感じる手

『こんなことをするのは誰か』分かりきっていることである。

だけど、ひとつだけ、分かったことがある。

近すぎると、見えなくなってしまうということを。

それが手であろうなかろうと。


ボクの人生はボクのモノだ。
好きなように生きる。
ボクのやりたいように。

それも、大切な事かもしれない。

だけど、
ボクばかりを考えすぎて、
ボクばかりに集中しすぎて
ボクばかりしか見なくなって

どんどんボクが近づいてきて
何も見えなくなってしまうかもしれない。


目を覆ったその手に、そっとボクの手をかぶせる。
そして、優しく、その手をどけた。

そこには、ボクだけじゃ見ることのできない、溢れんばかりの笑顔が、キラキラと輝いているようだった。


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