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避難民の飼い犬「狂犬病予防法の特例措置」は、リスクが上がるわけではないのか

農林水産省は4月18日、ロシアの侵攻下にあるウクライナからの避難民が連れてきたペットについて、「狂犬病予防法に基づく防疫体制を一部見直し、特例措置を適用する」と発表しました。しかし、政府のこの対応には、数十年ぶりに狂犬病が発生しないかといった声が多く上がっていました。

そこで農林水産省は20日、報道各社の取材に対し、「必要な出国地政府発行の防疫書類がなくても、ペットがワクチンを2回接種し、十分な量の抗体を確認したうえで、飼い主には健康状態の報告などを義務付けており、狂犬病のリスクが上がるわけではない」と説明しました。政府の対応に理解を求めたのです。

しかし、その後も関連する記事が掲載されるたびにツイッターなどのSNSには、非難や懸念の声が上がっています。結局のところ、「安全なのか」「安全じゃないのか」どう判断したらいいのかわからないという声もあり、何ともいえないモヤモヤ感が残っているのです。

5頭の犬が避難民と共に入国

今回、検疫特例が適用されたのは、避難民の1人が「愛犬の係留期間中の管理費用をまかなえず、動物検疫所から”代行費用が負担できないのであれば殺処分になる”という趣旨のメールを受け取った」と一部のメディアが報じたことが発端となっています。

3月26日から4月9日までに、5頭の犬が避難民と共に入国しましたが、検疫に必要な政府機関発行書類を事前に用意できなかったため、動物検疫所に係留されたのです。

その後、「避難民に費用負担を求めるのは行き過ぎだ」との批判が殺到し、農林水産省は4月15日に「そうしたメールは発信していない」と否定をしたうえで、やむを得ず避難民と共に入国した犬に特例措置を適用するとしました。マイクロチップ装着と2回のワクチン接種、血液検査で基準値以上の抗体価が確認できれば、避難民の滞在先に同行できるようにしたのです。

通常、狂犬病発生国から犬や猫などが入国する場合、180日以上の待機期間が必要です。もし到着した際に180日に満たない場合は、不足する日数だけ動物検疫所で係留され、この間のフード代や管理費用(1日3000円)は飼い主(所有者)が負担することが義務付けられています。

しかし今回は、待機期間が過ぎるまで1日2回の健康観察と動物検査所への週1回の報告などを求めることを条件に、隔離を免除したのです。

狂犬病は発症すれば致死率100%

狂犬病は多くの国で発生していて、2017年度のWHO(世界保健機関)の報告では、死亡者が5万9000人にのぼります。このウイルスに感染し、発症すれば100%の確率で死に至ります。日本は1957年に狂犬病を撲滅した世界でも数少ない国です。そのため、ウイルスを媒介する犬や猫、キツネなどの動物を狂犬病発生国から持ち込む際には、狂犬病予防法による厳しい管理を行ってきました。

ウクライナをはじめヨーロッパの国々から猫を日本に連れて帰った経験がある方もいるようです。

もちろん厳しい検疫を経たうえで入国されます。

マイクロチップの装着から始まり、180日間の待機まで、その手順が違っても、日数が足りなくても検疫を通過することができないので、綿密な計画を立てて間違いがないように進めるなど、本当に苦労をしました。そのような経験がある飼い主は、今回の検疫特例に対し、余計に「なぜ?」という思いを持ったことでしょう。

「狂犬病は絶対に日本に持ち込んではならない」
「そのために必要な検疫である」
と認識していただけに、検疫特例に感じるモヤモヤ感は大きくなるばかりでした。

そもそも、これは「避難民と一緒にペットが来ることを想定していなかった」政府のわきの甘さが招いた事態です。ペットを連れて入国する避難民に日本の検疫制度を説明し、理解を得ていれば、ここまでの騒動にはならなかったことでしょう。係留のための費用を支援することで、解決していたかもしれません。

今回のウクライナ侵攻では、多くの避難民がペットを連れて隣国のポーランドに入国したことが、何度か報道されていました。それを目にしながら、なぜ想定できなかったのでしょうか。

今回は、人道的観点という理由で、災害救助犬や盲導犬などが入国した場合と同じ措置を適用し、隔離を免除していますが、災害救助犬は普段から訓練を受け、管理されている犬です。盲導犬も身体障害者補助犬法のガイドラインでしっかりと管理されています。

対して、避難民と一緒に入国したのは、一般の飼い主が飼育している犬です。ワクチン接種をしているか、どんな飼い方をしているかなどは、飼い主次第です。隔離を免除する条件には、他の犬と接触させない、咬傷防止対策をすることも含まれますが、これも飼い主がどこまで真摯に取り組むかわかりません。

「条件がゆる過ぎてなんの役にも立たない」「ウクライナの飼育常識は日本と同じではないし、飼い主によるので、条件を徹底して守るかどうかわからない」などの批判もあります。なぜ、日頃から管理されている災害救助犬や盲導犬などと同じ扱いで問題なしとしたのでしょうか。

抗体価の測定や180日間の待機期間には、根拠があります。

「抗体価を測定する理由は、予防注射により狂犬病に対する免疫を獲得できたことを確認するためです。 また、待機期間をおく理由は、予防注射により免疫を獲得する以前に狂犬病に感染していないことを確認するためであり、潜伏期間に相当する180日間を待機期間としました」と動物検疫所のホームページに記載されています。

これはつまり、ワクチンを接種後に血液検査で基準値以上の抗体価が確認できても、100%感染していないわけではないということ。今回の検疫特例で、1日2回の健康観察と動物検査所への週1回の報告などを条件にした理由はここにあります。

「100%感染していないことが確認される前に、管理が明白でない犬を狂犬病清浄国の国民が生活している場所に放つ」という意味なのです。農林水産省はその後の健康観察と報告で安全性を担保するので、「狂犬病のリスクが上がるわけではない」としていますが、前述した理由から隔離を免除した時点で少なからずリスクは上がっていると考えます。

狂犬病の発生数が多いフィリピンで早期発見と予防の支援を行っている、大分大学医学部微生物学講座の西園晃教授がNHKの取材に対し、「現状はきちんと検査と把握がなされていて、過剰に心配せずとも大丈夫」と話す一方で、抗体が十分にある場合でも健康観察が必要な理由として、「きわめてまれに、狂犬病の犬と接触した犬が潜伏期間中であっても抗体の値が既に上がっているケースがある。また、まれに子犬の場合、母親犬から移行した抗体を見ているために子犬本来の感染防御能と一致しない場合がある」としています。

連日、検疫特例について専門家のコメントがさまざまなところで報道されていますが、「万が一のことがあるかもしれないので、狂犬病予防接種を受けるようにしましょう」というのが基本姿勢です。

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