ラブホテルに愛なんてないよ
相方は眠ってしまった。コンビニで買った、小さな日本酒の瓶を抱えて。ここら辺の相場よりちょっと高いよ、と言っていたラブホテルの一室。換気扇の音がうるさくて、スイッチを探した。
ラブホテルは、とても素晴らしいと思う。ラブホテル、という響きに、人々はあまりいい顔をしないけれど、今まで彼氏との貧乏旅行で泊まってきたホテルを思い出すと、あれならラブホテルの方がよかったな、と思ってしまうことが多々。ちなみに、彼氏と泊まった部屋のことは全く覚えていないくせに、毎回違うラブホテルの場所も、部屋も、ヘアアイロンのメーカーすらも、いまだに鮮明に覚えている。
1ドリンク、1フード、おひとり様ずつサービス!ご宿泊の方は、さらに朝食もサービス!メニューも豊富。ドリンクは、私がいつもコンビニで買っている缶をそのまま注いだものが出てくるし、インスタントラーメンは八種類もある。ポテト、枝豆、ハンバーグ、パスタ。電話するだけで部屋まで持ってきてくれる上に、従業員と顔を合わせて礼を言う必要もない。なんて最高なんだろう、と思う。相方は高いと言っていたけれど、ただベッドの上でもつれて、簡単にシャワーを浴びた梅田のラブホテルは、二時間で八千円もしたよ、と言いたくなる。相方が寝ている隙に、ラーメンを頼み、胃に流し込む。さっきまでの間に体内に取り込まれたアルコールが、ラーメンに吸収されていく。ああ、最高。
お風呂に入らずに、眠りたくない。酔っていても、いつもの口癖には忠実なわたしは、ボタニカルシャンプーとトリートメント、少し高い化粧水と乳液、いい香りがしそうなボディーソープを、もう一度フロントのお姉さんに頼んだ。その隙に、ラーメンを食べた事実をなかったことにしようと、お姉さんがさっきラーメンを置いてくれた場所に器を戻した。我ながら、完璧な作戦だった。空のラーメンの器と引き換えに置いていかれたお風呂セットは、ほぼ新品の物もあれば、随分使われているものもあって、こんなコロナの時代でも、誰かと物を共有できるのっていいな、とぼんやり考えていた。そういえば、相方は眠る前にバスローブを頼んでいた。お風呂に入るそぶりなんて全くみせていなかったのに、バスローブの袋を外していたっけ。私の分はベッドの上に投げ捨てられていたものの、もう1つは全く見つからなくて、しかも、酔った勢いでコンタクトを外してしまい、視力を失っていた私には見つけることができなかった。
ホテルのアメニティ、言葉の使い方がよく分からないから、備品と呼ぶ。備品の確認をするのが、結構好きだ。洗面台には、男性用の髭剃り用品と、女性用の基礎化粧品が置かれていた。ハンドソープは黄色の可愛いボトルに入れられていて、ドライヤーは二種類。あとは、どのホテルにもあるような歯ブラシ、その他諸々が置かれていた。お風呂にあるシャンプーは見慣れたPOLA。広すぎる浴槽の上で、洗面台にあったバブルバス用入浴剤の袋を開けた。シャワーの水圧は少し物足りなかったけれど、今の一人暮らしの家のお風呂を考えると、これ以上の贅沢を言ってはいけないと思った。バブルバスのスイッチを押すのを、私はいつも躊躇う。だって、少し音がうるさいから。本来、静かでゆっくりするところであるはずの浴室に、雑音が響き渡ることに、少し抵抗を感じてしまう。とは言っているけれど、いつもYouTubeを見ているから、静かにお風呂に入っていることなんてないじゃない、それに、ラブホテルのお風呂って、と心の中で突っ込みながら、泡が浮かびあがってくるのを見つめていた。浴槽のライトの色を変えながら、昔泊まった友達の家のお風呂を思い出した。光る浴槽があると知った時、とても驚いたし、毎日こんな家に帰れたらどんなに幸せだろうか、と思った記憶がある。普段とは違うお風呂、何度入っても、感動する。ラブホテルの一番好きなところはお風呂かもしれない。この感動を独り占めするのが申し訳なくなって、というか、この感動を分け合いたくて、分かってほしくて、相方を呼びにいった。もちろん、洗面台のところから顔を出して、名前を呼んだだけで起きるわけもなく、分かっていた結果を前に、わたしもすぐに諦めて、もう一度湯舟に浸かった。これは今、書いていて思っていることだけど、湯舟、浴槽、お風呂。ぼんやりとしているこの言葉たちの、違いってなんだ。あ、湯船も。一応、浴槽で検索したら、湯船って答えが返ってきたから、それ以上深堀りすることは、やめた。あとで、Google先生に聞いておきます。
ラブホテルの備品には負けたくない、といつも思う。初めてラブホテルに行ったあと、シャンプーもトリートメントも化粧水も、ラブホテルの物よりも高いものを買った。自分が毎日帰る家を、ラブホテル以下だと思ってしまうことが嫌だった。今思えば、そんな見栄を張る必要はなかったんだけど。昔の私よりも高い物に慣れてしまったせいで、どのホテルのヘアケア用品にも満足できなくなってきている。嫌な女になっている、と思いながらも、もう引き返せないわたしと、確実に大人の道を進み始めているわたしが、ちょっとかっこいいかも、なんて、思うこともある。ラブホテルは最高、と言いながら、一番最初に偏見を持っていたのは、紛れもなく私自身である。
バスローブを着ようとして、元々置かれていたパジャマがあることに気が付いた。真っ白なバスローブよりも、子どもっぽくて、丈の短い赤のパジャマの方が、今の私には適している気がした。前回、相方とホテルに泊まった時、バスローブを着せてくれたことを思い出して、もしかして、また着せてくれるつもりだったのかな、なんて、いらない妄想を繰り広げていたけれど、あっさり捨てた。同じようなパジャマを過去に着た記憶があって、同じ系列のラブホテルなのか、はたまた、ラブホテルとはそういうものなのか、と思いを巡らせながら、ソファーに沈んだ。酔いが醒めてきたら、残りの日本酒を勝手に頂こう、と思っていたのに、思ったより醒めなくて、だんだんと、悪いことをしたくなって、考えた。こっそりラーメンを食べる作戦は成功したから、次は相方にいたずらをしようか、と思って、いろいろ考えていたけれど、ぐっすりと眠っていたし、多忙でろくに睡眠もとれていない状態で会いに来てくれたのだから、これ以上悪いことは出来ないな、と思った。色々と考えていたら、テーブルの上に大量にあった枝豆を、ほとんど一人で食べ尽くそうとしていて、恥ずかしくなって、少しだけ我に返った。
枝豆のゴミを隠すついでに、テーブルの上を片付けていたら、タバコが散乱していて、箱に戻しながら、一本だけ、手に取った。タバコを吸いたい、と常日頃思っているわたしを、きっと依存するから、手を出したら終わりだよ、ともう一人のわたしが諭す。とりあえず、火を点けてみた。この瞬間のことは、よく覚えていないけれど、タバコの写真や動画が携帯の中にたくさん残っていた。どうやら、わたしは随分と嬉しかったらしい。火が消えてしまうから、と一度だけ咥えた。そのまま息を吸い込んで、入ってきた煙を口の中にとどめて、吐きだした。みんなが出しているのと同じ煙が、空気中を舞って、少し誇らしかった。けれど、そもそもメンソールが嫌いなわたしに、相方のタバコは合わなかった。途中で火を消したけれど、中途半端に捨てられたタバコは、相方に怪しまれる気がして、相方の吸い殻と同じ長さになるまでタバコを燃やして、グリグリして、折って、捨てた。慣れているかのような一連の動作は、色んな人のタバコを吸う様子を眺め続けて得たものだ。ますます、隠し事が上手な女になってしまった。
タバコ臭くなったパジャマに、消臭剤をふりかけて、ベッドに戻った。相方の日本酒と携帯を回収して、布団をかけてあげようとしたとき、相方の頭の下に、バスローブが敷かれていることに気が付いた。わたしたちは似ているから居心地がいい、とよく相方は言うけれど、やっぱりそんなことはなくて、居心地のいい関係はどちらかが無理をしている。と相方が彼女に対して言っていた言葉の方が正しくて、無理をしているはずなのに、楽しくて、嫌いになれないのは、こういうことだと思う。
朝が来た。わたしはいつものようにメイクをして、髪を巻いた。いつもと違ったのは、昨日と同じ服を着ていることだけだった。相方はなかなか起きなかった。起こしに来た私の腕を掴んで、ベッドに引きずり込んだ。寝ぼけていても、力は強い。抵抗せずに、相方の腕の中で今日の朝ごはんのことを考えていたら、相方はまた眠り始めて、腕の力が緩んだ。その隙に脱出して、再び相方のお尻を叩いた。何度も繰り返して、ようやく、相方が負けた。目を擦りながら、部屋を見渡して、ごめんね、と笑っていた。
駅まで徒歩5分。
君が寝た後、一人でバブルバスに浸かって、浴槽の色を変えて、興奮してた。パジャマの丈が短くて、ちょっとエロくて、これこそラブホテル、って感じで、最高だった。
くっそー。起こしてよ!なんで寝たんだろ俺。最後の日本酒、完全にいらなかったわ。というか、三軒目、どこ行ったっけ。あー、、あそこか。起きてからずっと思い出せなくて考えてたんだよな。やべえ、俺。
もちろん起こしたよ!起きなかったのはそっちだよ。あー残念。お風呂、テレビまでついてたのになー。一人で使わせてくれて、ありがとうねー本当。
はーーー。やっぱりラブホのお風呂、あれは使わないとなー。今度は絶対使おう、な?
あ、そういえば、寝る直前にフロントに頼んでたバスローブ、枕にしてたけど、そのために頼んだの?
は、なにそれ、頼んだっけ。
やば。相変わらず最高じゃん。あ、彼氏から電話。じゃあね、また来月。
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